日本が誇るハイブリッド・バンド、The Mad Capsule Markets(マッドカプセルマーケッツ)が1999年にリリースした『OSC‑DIS(Oscillator In Distortion)』は、デジタルハードコア、インダストリアルメタル、ラップコア、ポップパンクといった多ジャンルを狂騒的に融合させた異色作です。日本国内のみならず、2001年に海外でもリリースされたことで、グローバルな評価を得ました。
当時の音楽シーンでは前例のない攻撃的で高速なサウンドが特徴で、ハードコア好きも、テクノ/エレクトロ好きも虜にしたこの作品は、まさに“狂気のダンスパーティー”。初めて聴いた瞬間、血流が跳ね上がるような衝撃があり、いまでも色褪せることのない刺激を与え続けています。
アーティストについて
The Mad Capsule Marketsは、ボーカルのKyono、ベース兼プログラミングのTakeshi Ueda、ドラムのMotokatsu Miyagamiによって構成され、1980年代末から活動。もとはパンク/スカバンドとして出発しましたが、『Mix‑ism』や『Park』などでエレクトロやラップコアを取り入れ、1997年の『Digidogheadlock』でデジタルハードコア寄りに転換しました。
この『OSC‑DIS』で彼らは完成形に到達。日本のクラウドノイズと欧米のメタル、パンク、エレクトロが融合した独自スタイルを確立し、Tony Hawk’s Pro Skater 3に収録された“Pulse”は海外でも高い評価を受けました。
アルバムの特徴
約41分・12曲で構成される『OSC‑DIS』は、全編にわたって飽くなき攻撃性とノイズの奔流が流れます。ギターは最小限、主役はプログラムされたビートと歪んだベース、そしてKyonoの過激なボーカル。インダストリアルやデジタルハードコア的なビート感が軸ですが、サーフロック的なギターリフ、ラップコアの語り口、ポップパンク的なキャッチーさも顔を出します。
テンポチェンジに富み、トラックの長さも2分前後が多いため、暴発と断片の連続で緊張感を保ちつつも飽きさせません。乱反射する音像の中にある“メロディへの執着”が、聴き手をこの混乱の渦へ誘います。
アルバムの個性
『OSC‑DIS』の個性は、その“ジャンルを許さない混合性”にあります。プログラミングを骨格としながら、インダストリアルメタルの重厚さ、パンクの瞬発力、ラップのリズム感、ポップの明快さ——これらをほとんど矛盾なく詰め込みつつ、テンポや楽器編成を全曲異なる形で展開して観客を翻弄します。
さらに、日本語と英語を曲に応じて使い分けることで、グローバルな視点とローカルなアイデンティティを同時に反映。デジタルと躍動のギャップが激しく揺れ続ける設計は、まさにタイトル通り“振動(Oscillator)と破壊(Distortion)”を音楽的に体現したものです。
『OSC‑DIS』全曲レビュー
1. Tribe
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ジャンル:デジタルハードコア/インダストリアルメタル
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特徴:“Tribe”はアルバム冒頭から圧倒的なノイズとリズムの洪水が押し寄せ、中途半端な音楽経験では衝撃を与える仕掛けがある。プログラムされたスピード感あるハイハットとバスドラムに、金属的に歪んだベースが絡む。Kyonoのシャウトはネイティブアメリカン的な“呪術”にも似て、サンプル+照準を合わせたリードシンセが背筋を凍らせる。ギターは極力抑えられ、全てが“打撃”と“電子”の対峙に集中している。ノイズだけでないメロディの破片が聴きどころで、非線形な構造が聴覚を刺激し続ける。
2. Out/Definition
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ジャンル:ラップコア/インダストリアル
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特徴:Kyonoの言語的な切迫感がビートと融合し、まるで電脳アイコンが吠えるかのよう。ブレイクビート由来のリズムが随所で緩急をつけ、サンプリングノイズとの対比が強烈な緊張感を作る。Uedaのエレクトロベースが軸となる一方、ドラムのバウンスはまるで壊れかけたマシンのようにギリギリを攻める。生々しさの中に、技巧的なプログラミングの聡明さが垣間見える作品である。
3. Pulse
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ジャンル:ロック/ラップコア
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特徴:キャッチーなメロディとグルー ビーなサビが、Mad Capsuleらしからぬポップ性を放つ。グルーヴするリズムにKyonoのシャウト系フローが噛み合い、サビでは「お前を呼ぶPulse」が反芻されることで一体感を生む。ギターはストラト系サーフ風フレーズを差し込んで光らせ、異形ながらも覚えやすい構造。Tony Hawk’s Pro Skater収録で海外のリスナーにも広まり、バンドの国際認知を後押しした名曲。
4. Multiplies
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ジャンル:エレクトロパンク/サーフコア
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特徴:1分半と短く凝縮された怒涛の立ち上がりと締めが特徴。エレクトロパンク特有の軽やかさと、サーフ風リフの爽快さが交錯する。Kyonoはパンク的なリリックを高速で叫び、Uedaのベースは暴走しながらもグルーヴを失わない。プログラムキックはピクセル単位で切り刻まれ、全体の印象として「速く、尖って、踊れる」。ライブの起爆剤として多用される短編。
5. Mob Track
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ジャンル:インダストリアルドラムンベース
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特徴:ビートの密度が濃く、ベース+キックだけで全体の暴力性を構築する。逆回転ノイズが随所に埋め込まれ、恐怖感すら喚起するサウンド設計。ギターの代わりに電子音がリードを担い、冷たく電子的な暴力の連鎖を演出。疾走感と絶望の狭間を行く展開が、ドラムンベースのヒリヒリした良さを巧みに取り込んでいる。
6. All the Time in Sunny Beach
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ジャンル:サーフメタル/インダストリアル
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特徴:イントロでは陽光を連想させる爽やかなサーフギターが登場し、安心させてからの急な破壊が効果的。ギターは高揚を生み、サビではノイズと叫び声に変貌するドラマ性が秀逸。歌詞は「夏の日々に戻れ」といったノスタルジーを内包しつつ、現実は歪む音響で覆い尽くす。音楽的な“潮の満ち引き”を意図した構造と思われる。
7. Island
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ジャンル:ポップパンク/ハードコア
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特徴:軽快なポップパンクのリズムで始まり、Kyonoは歌とシャウトの間でブレンドされた表現を披露。Aメロは陽気、サビでは現実的に破壊的なリズムチェンジが入るので、リスナーの感情を強引に揺さぶる。ギターはポップ風のカッティングとリードで緩急つけ、Uedaのベースだけは常に暴れている。アンダーグラウンド感とメインストリーム的バランスが絶妙。
8. Restart!
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ジャンル:スラッシュメタル/デジタルハードコア
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特徴:スラッシュ特有のぶった切るようなリズムで極短時間にインパクトを与える。二重録音のギターリフが乱舞し、ビートはトリプルキック的に突き刺さる。歌詞も「Restart!」(再起動)というポジティブ感を含みながら破壊的。その反復と急展開は、まさに「音が爆発してまた生まれ直す」ような感覚を味わえる。
9. Jag
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ジャンル:スラッシュコア/ノイズロック
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特徴:ノイズに近いほど激しいギターとベースの噛み合いが、リズムの迷路を構築。Kyonoはロウヴォーンで絶叫系のシャウトを交錯し、サビではメロディラインを短く撃ち込む。ベースは混沌の底で鳴り続け、ドラムは乱反射するようなブレイクとビートの二相構造。非常に高密度でリスナーの耐性を試す一曲。
10. Step Into Yourself
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ジャンル:サイバーパンク/ジャングルメタル
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特徴:プログラムドキックとシャッフルするハイハットに、ジャングルビートのリズム性が加わる変則構造。歌詞は「自分に踏み込め」と内省を促すが、音は外傷的な鋭さを携えている。そのコントラストが心を抉る表現として機能。サビでは電子的クリーン音が入り、テンションの振れ幅が非常に大きい。
11. Good Girl (Dedicated to bride 20 years after)
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ジャンル:ポップパンク/ハードコア
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特徴:Ueda作曲の曲であり、比較的明るくポップなギターリフが特徴的。シャウト系ではあるがメロディを保ち、裏でうねるベースとキックがバランスを保つ。結婚式の花嫁への感謝を込めたとされ、言葉に裏打ちされたリアル感が響く。感情のリアリティと激しさの両立が見事。
12. MIDI Surf
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ジャンル:フューチャーパンク/デジタルハードコア
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特徴:終盤にふさわしい構造で、これまでの要素を収斂させたアンサンブル。ノイズ的クラッシュから始まり、サーフギターの音色とプログラムキックが混ざり合う。Kyonoのラップシーンやノイズエフェクトも再び登場し、アルバム全体の総決算を飾るには相応しい爆発力と整合性を持っている。
同じ系統の楽曲・アルバム5選
1. Atari Teenage Riot –『60 Second Wipe Out』
ドイツ発のデジタルハードコア集団Atari Teenage Riotによるこのアルバムは、『Osc-Dis』と音の暴力性、政治的シャウト、ノイズとビートの融合性において極めて近似している作品。サンプリングや歪みを限界まで詰め込み、ブレイクビーツとパンク精神をエレクトロで表現するスタイルは、まさにKyonoらが提示した音楽の系譜を別角度からなぞっている。特に“Revolution Action”などは『Pulse』と同じく、突き抜けた暴発感とダンスビートの狭間にある名曲。
2. Refused –『The Shape of Punk to Come』
Refusedはスウェーデンのポストハードコアバンドだが、このアルバムでは電子音・ジャズ・クラシックを取り入れ、ハードコアにおける「新しい地形図」を描いた。『Osc-Dis』と同様、ラウドロックでありながら緻密な構成美とサウンドアート的な側面を備えており、“New Noise”のような楽曲は、ジャンルの限界を拡張する提案となっている。実験精神と破壊的エネルギーが共存する、精神的な近縁作。
3. Nine Inch Nails –『The Fragile』
トレント・レズナーが率いるNine Inch Nailsによる本作は、2枚組でありながら一貫して自己破壊・再構築・電子的破片をサウンドに詰め込んだ作品。ギターと電子音の融合、機械的だが感情を揺さぶる構造は、『Osc-Dis』の持つサイバーパンク的世界観と響き合う。“Somewhat Damaged”や“Starfuckers, Inc.”といった楽曲は、ビートの切断性や音の密度において極めて近い質感を持つ。
4. Prodigy –『The Fat of the Land』
イギリスのエレクトロニック・ダンスユニットThe Prodigyが放った傑作。『Osc-Dis』と同じく、エレクトロとロックの橋渡しを高いテンションでやってのけている。特に“Firestarter”や“Breathe”などは、ヴォーカルの激しさ、ベースラインの獰猛さ、リズムのダイナミズムがMad Capsuleのエネルギーに極めて近い。クラブカルチャーとハードコアのクロスオーバーの好例。
5. Enter Shikari –『Take to the Skies』
UK発のバンドで、エレクトロとメタルコアを融合させた先駆け的な存在。『Osc-Dis』以降の音楽的子孫とも言える彼らは、“Sorry You're Not a Winner”などに見られるように、シンセとシャウトの融合、ダンサブルなブレイクダウンなどを巧みに構築している。ジャンルとしての“壊れ具合”と“遊び心”のバランス感覚において、Mad Capsule Marketsの遺伝子を感じさせる。
こんな人におすすめ!
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メタル、パンク、エレクトロが入り混じった音を好む人
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テンポの急激な変化や実験性の高い楽曲を楽しめる人
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Tony Hawk’s Pro Skaterなどゲーム音楽に興味がある人
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英語と日本語のバイリンガルリリックに惹かれる人
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サーフ/ポップパンクのメロディと激しい音の同居に興味がある人
リンク
まとめ
『OSC‑DIS』は、ジャンルを貫く軸がないほどに破壊的でありながら、その中に強烈な構造とメロディ性を持つ奇跡的作品です。Mad Capsule Marketsの音楽的到達点として、日本のロック/エレクトロの可能性を世界へ突きつけた一枚と言えます。轟音の中にほのかなポップネスを秘め、そのギャップこそがこのアルバムの強烈な個性。刺激と混乱と高揚を同時に味わいたい人には、まさにうってつけの作品です。