出典:YouTube
『Dub Orbits』(2008年)は、ジャズとダブの融合を追求した菊地成孔 Dub Sextet による代表作です。
日本において「リアルタイム・ダブ処理とジャズ即興が交錯する革新的なプロジェクト」として評価されており、ライブ演奏の緊張感と音響の化学反応が同時に体験できる稀有な作品です。
収録全7曲は、ジャンルの境界を越えて自由度の高いセッションで構成されており、聴き終えた後も長く余韻が残る興奮に満ちたアルバムです。
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アーティストについて
菊地成孔(ts)は1980年代後半から国内ジャズ・シーンに影響を与えてきたフロントマン。DCPRG 時代からテクノやハウスを導入していましたが、Dub Sextet においては、さらにライブ演奏とダブ処理をリアルタイムで融合。
メンバーは類家心平(tp)、坪口昌恭(p/エフェクト)、鈴木正人(b)、本田珠也(ds)、パードン木村(リアルタイム dub エンジニア)という布陣で、即興性とサウンド実験を同時に成立させています。
アルバムの特徴・個性
本作では、ジャズの中でも特に硬質で構造的な要素を持つハードバップ的アプローチと、ダブ特有の音響処理や時間軸の揺らぎが高次で共存しており、どちらのジャンルにも属しながら、どちらの型にも収まらない独自の音宇宙を築き上げています。
アルバムの中心には、既存のジャズ・スタンダードの大胆な再構築があります。例えば、Wayne Shorterの名曲「Orbits」やJosef Zawinulの「Ascent」といった原曲の再解釈は、単なるカバーの域を超えてアヴァンギャルドでスリリングな展開へと昇華されています。原曲のメロディやハーモニーの構造を踏襲しながらも、音響の中で常に姿を変えていくような処理が施され、聴き手の知覚を翻弄するような体験が味わえます。
一方で、「Monkey Mush Down」や「Despute」といったオリジナル曲では、ファンク的なグルーヴ感やブレイクビーツ的なリズムの取り入れが際立ち、よりダンサブルで身体性の強いアプローチが印象的です。硬質なジャズの理論性と、ダブの物理的かつ有機的な空間処理が、緊張と緩和を行き来しながら展開する様は、まさに「自由な展開」の具現化といえるでしょう。
『DUB ORBITS』全曲レビュー
1. (I’ve lost my) Taylor Burton
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ジャンル:モーダル・ジャズ、ダブ
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特徴:冒頭から菊地のサックスによる空間的なセリフが始まり、類家のトランペットが応答。中盤以降、音響エフェクトが挿入され、ジャズの構造をゆっくり壊し緊張感を増幅させる。導入曲としてのスリルと余白が巧みに設定されている。
2. Koh-i-Nur
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ジャンル:モーダル・ジャズ、ミニマルダブ
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特徴:金属的な響きと反復するモチーフが印象深い。リピートするベースとピアノが低層の空間を埋め、そこへエフェクト処理が少しずつ加わりながら、音場を裂き新たなテクスチャを創る構造。静寂と破壊性が共存する美学が光る。
3. Orbits
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ジャンル:ミニマル・ダブ、アフロ・ジャズ ×ダブ
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特徴:Wayne Shorter の名曲を大胆に再構築。原曲のメロディラインを軸に、途中から打ち込み的なスナップとダブ処理がスパイスとして入る。アフロポップのリズム感とライブ・ジャズの即興性とが交錯し、多層的音響空間を描く。
4. Despute
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ジャンル:ファンク、ブレイクビーツ・ジャズ
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特徴:鈴木正人のファンクベースと本田珠也のグルーヴが中心。エフェクトがアクセント的に挿入され、トランペットとサックスの掛け合いは躍動的。ライブでのスリルや臨場感をそのまま録音したようなエネルギッシュな展開。
5. Ascent
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ジャンル:ジャズ・ファンク × ダブ・ジャズ
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特徴:Josef Zawinul(Weather Report)のカバーで、軽やかなテーマを元にじわじわとエフェクトが増幅し、音が浮遊していく感覚 が心地よい。高揚感と緩やかな崩壊が交差する展開で、演奏と処理のバランス感覚が非常に優れている。
6. Monkey Mush Down
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ジャンル:ファンキージャズ、アップテンポ・ジャズ
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特徴:ジャジーなピアノのコードと深いベースラインが特徴の、ディープなダブ楽曲である。夜の静けさや内省的なムードを表現している。リズムは素朴だが強靭なグルーヴがあり、「猿がダウンする」ような擬態的なタイトル通りのコミカルさと躍動感。
7. Dismissing Lpunge From The Limbo
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ジャンル:ブレイクビーツ、ヒップホップジャズ × ダブ
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特徴:パードン木村によるヒップホップ/ブレイクビーツ志向のサウンドデザインが前面に出る異色のトラック。音響的にリズミカルで、タイトルが示す「淵からの解放感」を表現するように演奏とエフェクトがリズミカルに展開。ライブでも盛り上がりそうな構成。
こんな人におすすめ!
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ライブ演奏にダブ的エフェクトを加えたリアルタイム処理に興味がある人
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ダブミュージックの新しい可能性を探している人
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瞑想的で、深い音響空間に身を委ねたい人
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ジャズの枠を突破する革新的バンド演奏が好きな人
同じ系統の楽曲・アルバム5選
1. Bill Laswell『Dub Chamber 3』
現代ダブの巨匠Bill Laswellによるダブシリーズの一枚。ジャズ、アンビエント、ワールドミュージックの要素を融合させた深遠なダブサウンドが特徴。
2. Shackleton『Fabric 55』
ダブステップシーンの重要人物ShackletonによるミックスCDであり、ミニマルで反復的な構造と深いダブエフェクトが特徴。重く瞑想的なリズムと音響空間はサイケデリックな側面と共通する。
3. Mark Ernestus' Ndagga Rhythm Force『Yene Nini』
ベルリンのミニマルテクノ/ダブテクノの重鎮Mark Ernestusが、セネガルの' Ndagga Rhythmと融合させたプロジェクトのアルバム。反復的なリズムと生演奏のグルーヴをダブ的手法で昇華する試みは、『DUB ORBITS』の生楽器ダブに通じる。
4. King Midas Sound『Waiting For You』
ダブステップのプロデューサーであるKevin Martin(The Bug)が率いるプロジェクトで、ダブ、ソウル、ミニマルなエレクトロニックサウンドを融合させている。メランコリックで深い音響空間とヴォーカルが織りなす独特の世界観は静かで思索的なムードと響き合う。
5. Rhythm & Sound『Rhythm & Sound』
ベルリンのダブテクノユニット、Rhythm & Soundによる唯一のフルアルバム。極限までミニマルに削ぎ落とされたダブサウンドと深く響くベースラインが特徴。
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まとめ
『Dub Orbits』は、ジャズを基盤にしながらも、即興と電子処理を高度にミックスした、独自性ある音楽表現です。リアルタイム・ダブと生演奏が対話することで、日本のジャズ界に「アヴァンギャルドでダンサブルな未来観」を提示した歴史的作品と言えます。
演奏・録音・エフェクト処理、その全てにスリルと知性が宿っており、ジャンルにとらわれず自由な耳を持つリスナーにこそ、体験してもらいたいアルバムです。
