雑食音楽偏歴

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DJ Cam『Underground Vibes』(1995)

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出典:YouTube

DJ Cam(Laurent Daumail)による初のソロ作品、『Underground Vibes』は1994年にリリースされたトリップホップインストゥルメンタル・ヒップホップの金字塔です。ジャンルの定義を超える“抽象的ヒップホップ”として、ジャズの気品とビートのダルさをブレンドした先鋭的なサウンドが展開されており、「Mad Blunted Jazz」などで知られる彼の出発点を象徴する名盤として評価されています。

アーティストについて

DJ Cam、本名Laurent Daumailは、1973年パリ生まれのフランスの音楽プロデューサー、DJです。ジャズミュージシャンだった父の影響で幼少期からピアノを学び、後にヒップホップと運命的な出会いを果たします。DJ ShadowDJ Krushらとともに、90年代のアブストラクト・ヒップホップ、ジャジー・ヒップホップ・シーンを牽引した重要人物の一人です。

彼の音楽は、クールなジャズのサンプリング、ヒップホップの重厚なビート、アンビエントトリップホップの浮遊感を絶妙に組み合わせた、洗練されたサウンドが特徴です。

アルバムの特徴・個性

このアルバムは、ヒップホップの“言葉”よりも“雰囲気”に重点を置いたインスト作品で、その滑らかなムードとジャズ的な洗練が融合された“トリップホップ初期形”として注目を集めます。全編に流れる穏やかなビートとダブリソース、抑制されたサンプル使いが印象的で、極めて一貫したムードと美意識を保ちながらも退屈さを感じさせない構成となっているとの評価があります。

全体を通して漂うのは、夜のパリの街を思わせるような、洗練されていながらもどこか寂しげな雰囲気。派手な展開や派手なシンセサイザーの音は控えめに、ミニマルでありながらも聴く者を深く引き込む魅力があります。

『Underground Vibes』全曲レビュー

1. Intro

  • ジャンル:アンビエントブレイクビーツ
  • 特徴:象徴的な開幕部であり、短い中にも静寂と期待が凝縮されている。音の隙間に反響するサンプル使いが、「これから始まる夜の旅」の扉を静かに開いている。

2. Gangsta Shit

  • ジャンル:ダウンテンポ・ヒップホップ
  • 特徴:都会の夜をドライヴするような、ダルなスモーキーグルーヴが持ち味。リズミックながらも切れすぎない、絶妙な押し引きのあるビート構築が耳を引きつける。

3. Mad Blunted Jazz

  • ジャンル:ジャズ・トリップホップ
  • 特徴:サックスやピアノのジャジーな旋律をベースに、メロウかつ幻想的な雰囲気を演出する代表曲。都市の夜景がフラッシュバックするような情景描写的美が存在する。

4. Suckers Never Play That

  • ジャンル:短尺ビート・トラック
  • 特徴:わずか2分足らずで「裏通りのタフネス」を鳴らすような強気のタイトル。その中でもビート一つひとつの音色に意匠が凝らされており、言葉以上にDJ Camのスタンスを伝える一曲。

5. Sang-Lien

  • ジャンル:ボーカル・トリップホップ
  • 特徴:Bénédicte Pardijonによるヴォーカルを据え、メランコリックかつ儚さを帯びた一曲。静謐なコード展開とシンプルなリズムの組み合わせが感情を静かに揺さぶる。

6. Underground Vibes

  • ジャンル:タイトル曲/チルアウト・ヒップホップ
  • 特徴:タイトルに込められた“地下のムード”をそのまま音像化したような、ノスタルジックで聴き心地の良い空間。重たすぎず軽すぎず、グルーヴの心地よさを存分に楽しませる。

7. Romantic Love

  • ジャンル:チル・ラヴァーズ・ロック風トラック
  • 特徴:甘美なメロディとリリカルなビートが融合した、ロマンティックな情感満載の音景。“恋する夜”にそっと寄り添う、しっとりとした美しさを持つ。

8. The Return of the Jedi

  • ジャンル:抽象ヒップホップ/サウンドトラック的アプローチ
  • 特徴:そのタイトル自体が物語性を匂わせるように、映画的な構成力が印象的。サンプルとビートを重ねたドラマ性のある展開が、リスナーを“自らの世界”へ誘う。

9. Other Aspects

  • ジャンル:ドープ・アンビエントヒップホップ
  • 特徴:浮遊感の中に緊張をはらむ静かな構造。音数を極限まで削った中にも表現力がある、“内面への問いかけ”を伴う曲である。

10. Dieu Reconnaîtra Les Siens

  • ジャンル:フレンチ・チルアウト/ダウンテンポ
  • 特徴:仏語タイトルが示す「真実を見抜く眼差し」が感じられる、静けさと尊厳を併せ持つ作品。ピアノやコード進行が丁寧に展開され、心へ静かに響く重みがある。

11. Free Your Turntable and Your Scratch Will Follow

  • ジャンル:ターンテーブル・アンセム/ヒップホップ チルアウト
  • 特徴:最長トラックであり、DJやプロデューサーへの賛歌としての構成。スクラッチと抽象的音響が混じり合い、「解放された創造性」を肯定する構図は圧巻である。

こんな人におすすめ!

  • ジャズとヒップホップの融合を味わいたい、感性豊かな音楽リスナー

  • トリップホップ黎明期の潮流と抽象音響に興味がある人

  • ビートに感情を託すインスト作品をじっくり聴きたい方

  • フレンチ・エレクトロ/チルアウトの源流を辿りたいDJやプロデューサー

  • 夜や夜明けに合う心地よい音風景を探すチルアウト好きな人

同じ系統の楽曲・アルバム5選

  1. DJ Krush – 『Strictly Turntablized』
    日本のヒップホップ界を代表するDJ Krushのセカンド・アルバム。重厚でダークなビートと、東洋的なメロディ、そして独特の空間性が特徴。

  2. DJ Shadow – 『Endtroducing…..』
    サンプリングを芸術の域にまで高めたと言われるDJ Shadowのデビュー・アルバム。DJ Camがジャズを主体とするのに対し、DJ Shadowはファンクやロック、ソウルなど多岐にわたるジャンルを駆使している

  3. Nujabes - 『Metaphorical Music』
    日本のジャジー・ヒップホップを代表するNujabesのファースト・アルバム。ジャズ、ソウル、ヒップホップが美しく融合した、メロディックで穏やかなサウンドが特徴。

  4. Nightmares on Wax - 『Smoker's Delight』
    イギリスのダウンテンポトリップホップのアーティスト、Nightmares on Waxのセカンド・アルバム。ファンク、ソウル、レゲエ、ダブなどの要素を取り入れた、スモーキーで心地よいグルーヴが特徴。

  5. St Germain - 『Boulevard』
    フレンチ・ハウスの重要人物であるSt Germainのファースト・アルバム。ジャズのサンプリングをハウスのビートと組み合わせた、ジャズ・ハウスというジャンルを確立した作品。

リンク

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まとめ

『Underground Vibes』は、フレンチ・トリップホップの夜明けにおける“音の詩集”であり、ジャズの透明な情緒とヒップホップのビートの交錯した一枚です。その温度の低いグルーヴには、過剰な演出を排し、静かに心へと染み入る深みがあります。90年代のトリップホップを改めて味わうなら、常にこのアルバムが参照されるべき古典であることは間違いありません。