出典:YouTube
2003年にNinja TuneからリリースされたPestのファーストアルバム『Necessary Measures』は、UKブレイクビーツ、ファンク、ヒップホップ、ジャズが融合した、文字通り「必要な一手(Necessary Measures)」となった傑作です。
Pestは、ColdcutやDJ Foodらが主宰する名門レーベル、Ninja Tuneの中でも、特にグルーヴとユーモアに満ちた独自のブレイクビーツを追求しました。このアルバムは、単なるビートの集合体ではなく、映画のサントラのような統一感と、聴き手を躍らせずにはいられない強烈な推進力を持っています。
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アーティストについて
Pestは、主にサンプリングと生演奏を巧みに融合させる手法で知られる、イギリスのエレクトロニック・ミュージック・ユニットです。中心人物であるBen Doyleは、ドラマーとしてのバックグラウンドを持ち、その音楽はヒップホップのリズムとジャズの即興性、ファンクの熱量をそのまま電子音楽に持ち込んだようなスタイルが特徴です。
彼らのホームグラウンドであるNinja Tuneは、サンプリングをアートに昇華させた知的かつ実験的な音楽を世界に発信してきましたが、Pestの作品は、その中でも特に身体性を重視した、踊れるグルーヴに特化しています。緻密に構築されたビートの上を、ファンキーなベースラインやサイケデリックなギターが縦横無尽に駆け巡るサウンドは、他のNinja Tune所属アーティストとは一線を画す独自性を持っています。
アルバムの特徴・個性
『Necessary Measures』の最大の個性は、そのグルーヴの密度と映画的なユーモアにあります。
1. 徹底的なグルーヴ志向
Pestのビートは、ファンクやレアグルーヴのレコードを何時間も聴き込んだ末に生まれたような、生々しい揺れと粘りを持っています。サンプリングと人力演奏が完璧に溶け合い、タイトなドラムブレイクに、うねるようなチョッパーベースやホーンセクションのサンプリングが絡みつく構造は、リスナーの身体を本能的に揺さぶります。
2. シネマティックな物語性
アルバム全体を通して、まるでアクション映画やスパイ映画のサントラを聴いているかのようなムードが漂います。曲間には古い映画の台詞やSEが効果的に挟み込まれ、リスナーをPestが作り上げた架空のグルーヴ・スリラーの世界に引き込みます。
3. 多様なジャンルの融合
ブレイクビーツを基盤としつつも、ジャズ、ダブ、サイケデリック・ロック、ディスコ・ファンクの要素が有機的に結合しています。この多様性こそが、Pestの音楽を単調にさせず、何度聴いても新しい発見がある飽きのこない作品にしているのです。
『Necessary Measures』全曲レビュー
1. Chicken Spit
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ジャンル:ファンキー・ブレイクビーツ
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特徴:ディープなファンク・グルーヴを土台に、ジャジーなホーンセクションのサンプリングが随所に挟み込まれることで、一気にPestの世界観へと引き込まれる。タイトルの通り、まるで鶏がスパイスを吐き出すかのような、ジャンキーで中毒性のあるビートが終始続く。
2. Duke Kerb Crawler
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ジャンル:シネマティック・ブレイクビーツ
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特徴:ミステリアスなピアノのフレーズと、緊張感のあるストリングスが印象的なトラック。中盤から入るメロディアスなギターリフが、重いビートに叙情的な要素を加え、楽曲に深みを与えている。
3. Jefferson Shuffle
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ジャンル:ダブ・ブレイクビーツ
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特徴:レゲエやダブの要素を感じさせる、重く煙たいグルーヴが特徴。ビートは他の曲に比べてややルーズで、重心の低いダブ特有の「揺らぎ」が心地よい酩酊感を生み出している。
4. Heard Yer Beard Moved In
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ジャンル:ジャジー・グルーヴ
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特徴:断片的な音がコラージュ的に配置され、ユーモラスなタイトルとは裏腹に緻密な構造を持つ楽曲。深夜のジャズクラブのようなクールな雰囲気を持ちつつも、ヒップホップ的なビートアプローチによって、現代的なグルーヴを保っている。
5. Slap On Tap
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ジャンル:ディスコ・ファンク・ブレイクビーツ
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特徴:スラップベースがフィーチャーされ、華やかなホーンセクションとディスコ的なギターのカッティングが全体を彩る。他の曲に比べて明るいムードを持ち、フロアを沸かせるためのブレイクビーツ・ファンクとして機能している。
6. St. Pest
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ジャンル:サイケデリック・ブレイクビーツ
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特徴:サイケデリック・ロックの要素が強く出た、実験的で浮遊感のあるトラック。歪んだギターリフとエコー処理された音響が、トリップ感のあるムードを作り出す。
7. Dr. Umz
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ジャンル:ヘヴィー・ブレイクビーツ
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特徴:太いキックとスネアが強調され、攻撃的な電子音が絡みつく。シンプルな構造ながらも、音圧とグルーヴの強さだけでリスナーを圧倒する力があり、ブレイクビーツの持つ暴力的なまでのエネルギーを体現している。
8. Moody Hoe
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ジャンル:メロウ・トリップホップ
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特徴:一転してメロウで内省的なムードを持つ、トリップホップ寄りのトラック。重心の低いスローなビートと、情感豊かなメロディのコントラストが際立ち、アルバムに緩急を与えている。
9. Murda
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ジャンル:ハードコア・ファンク
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特徴:タイトなドラムと、切れ味鋭いホーンサンプリングが特徴で、特にベースラインの動きが非常にファンキー。映画的なサンプリングが効果的に使われ、Pestが得意とするシネマティック・ファンク・ブレイクビーツの理想形の一つと言える。
10. Relief
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ジャンル:チルアウト・ブレイクビーツ
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特徴:優雅なストリングスと、アンビエントなパッドの音色が、これまでの緊張感からリスナーを解き放つ。ビートは抑制されつつも、Pest特有の細かなパーカッションがリズムの深みを保ち、余韻を残して幕を閉じる。
こんな人におすすめ!
・ヒップホップのサンプリング文化と、ダンスミュージックの熱量を両立させた音楽を探している人
・90年代から2000年代初頭のNinja Tuneのサウンドが好きな人
・作業用BGMとして使えるが、時々「おっ」と唸るようなファンキーな展開を求める人
・ドラムンベースやビッグ・ビートの進化形に興味がある人
・映画のサントラのような、物語性とグルーヴを兼ね備えたインストゥルメンタルを求めている人
同じ系統の楽曲・アルバム5選
1. The Herbaliser『Very Mercenary』
同じくNinja Tuneに所属するユニットによる傑作。ジャズ・ファンクの生演奏とヒップホップ的なビートメイクが非常に高いレベルで融合しており、Pestよりもさらにバンドサウンドとしての完成度が高い。
2. DJ Shadow『Endtroducing.....』
サンプリングアートの金字塔であり、アブストラクト・ヒップホップの源流。Pestのファンクネスとは異なり、こちらはより内省的でメランコリックなムードを持つが、サンプラーを駆使したビート構築の美しさは共通している。
3. Cut Chemist『The Audience's Listening』
ジュラシック5のDJとしても知られるCut Chemistのソロ作。ファンク、ソウル、ラテンなど多岐にわたる音源のサンプリングと、DJ的なスクラッチング技術を駆使したミクスチャーサウンドが特徴。
4. Coldcut『Let Us Play!』
Ninja Tune創設者であるColdcutの代表作の一つ。Pestのルーツを探る上で欠かせない作品であり、インテリジェントなサンプリングと、ダブやブレイクビーツの融合が試みられている。
5. DJ Food『Kaleidoscope』
こちらもNinja Tuneの柱石であるDJ Food(主にStrictly Kev)の作品。多様なジャンルと音響が万華鏡のように変化する構成が特徴。
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まとめ
Pestの『Necessary Measures』は、2000年代初頭のUKエレクトロニック・ミュージックシーンにおいて、ファンク、ジャズ、ヒップホップの要素を最もグルーヴィーな形でブレイクビーツに昇華させた隠れた傑作です。
全曲を通して一貫したグルーヴの強度と、遊び心に満ちたサンプリング・アートは、現在のチルアウトやローファイ・ヒップホップが持つ「心地よさ」とは一線を画す、「身体の芯から揺さぶる」力を秘めています。
もしあなたが、過去のブレイクビーツシーンを振り返りたい、あるいはNinja Tuneのカタログを深く掘り下げたいと考えているなら、この『Necessary Measures』こそが、あなたのリスニングリストに加えるべき「必要な一手」となるでしょう。