出典:YouTube
静寂の中に、鋭利な痛みが走る。その音に耳を傾けていると、まるで自分の心の奥底に隠していた孤独や、誰にも言えなかった悲しみが、銀色の糸で編み上げられていくような感覚に陥ります。
ロンドンを拠点に活動する3人組、Daughter。彼らが2016年に発表した2ndアルバム『Not to Disappear』は、インディー・フォークという枠を大きく踏み出し、ポスト・ロックやシューゲイザーの要素を血肉化した、美しくも残酷な芸術作品です。
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アーティストについて
Daughterはロンドンを拠点に活動するトリオ。中心人物であるElena Tonraのシンガーソングライティングと、Igor Haefeliのギター/音響構築、Remi Aguilellaの淡彩のドラムが横並びで機能し、音楽的には北欧的な静謐、UKの陰影、ポストロックの力量を兼ねる珍しいバンドです。
デビュー作『If You Leave』で静かな衝撃を与え、セカンドである本作はさらに世界観を深めながら“感情の輪郭をより鮮烈にする”方向へ進化しました。
アルバムの特徴・個性
- ポスト・ロック的なサウンドスケープ
フォークという根幹を持ちつつも、今作ではSigur Rósを彷彿とさせる爆発的なダイナミズムが見られます。静から動への対比が、Elena Tonraの不安定な感情をより鮮明に描き出しています。
- 冷徹でモダンなプロダクション
Nicolas Vernhesをプロデューサーに迎え、クリアでエッジの効いた現代的な音像へとアップデートされました。
- 「記憶」と「存在」を巡るテーマ
アルバム全体を貫くのは、自分自身や大切な人が失われていくことへの恐怖です。その重いテーマが、リバーブの深い霧のような音響と見事にシンクロしています。
『Not to Disappear』全曲レビュー
1. New Ways
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ジャンル: ポスト・ロック / インディー・フォーク
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特徴: 「新しい方法を模索している(I'm finding new ways)」という呟きから始まるオープニング。執拗に繰り返される重いリズムと、徐々に熱を帯びていくギターのレイヤーが、現状を変えようともがく苦しみを体現している。
2. Numbers
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ジャンル: アート・ポップ / シューゲイザー
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特徴: 機械的で冷たいドラムビートが印象的な楽曲。感情が麻痺していく過程を音像化したような、寒々しい響きが胸を突く。
3. Doing the Right Thing
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ジャンル: ポスト・ロック / ドリーム・ポップ
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特徴: アルツハイマー病をテーマにした、本作で最も衝撃的かつ美しい名曲。記憶を失い、自分の子供さえ分からなくなる恐怖を、あまりにも気高く、かつ悲痛に描き出している。終盤のブラス・サウンドが重なるカタルシスは、涙なしには聴くことができない。
4. How
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ジャンル: シューゲイザー / オルタナティブ
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特徴: 歪んだギターが全編を支配する、アルバムで最も「動」の要素が強いトラック。リバーブの霧の中から叫びが聞こえてくるような、シューゲイザー的な高揚感に満ちている。
5. Mothers
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ジャンル: アンビエント / 室内楽
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特徴: 波のように押し寄せるギターの残響と、静かに寄り添うストリングスが、深い母性の闇と光を映し出している。聴き終えた後、深い溜息をついてしまうような没入感がある。
6. Alone / With You
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ジャンル: インディー・フォーク / スポークン・ワード風
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特徴:「一人でいることが嫌いだ、でも君といることも嫌いだ」という、矛盾する孤独を独白するように歌う楽曲。ミニマルなビートが刻まれる中、Elena Tonraの声が何層にも重なり、自己との対話が繰り返される。
7. No Care
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ジャンル: ポスト・パンク / アップテンポ
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特徴: アルバムの中で異彩を放つ、突発的な怒りをぶつけたような高速ナンバー。自暴自棄なリリックが、性急なリズムに乗せて吐き出される。
8. To Belong
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ジャンル: ドリーム・ポップ
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特徴: どこにも属せない疎外感と、安らぎを求める渇望を歌う一曲。終盤に向けて音階が昇りつめていく構成が、消え入るような希望を演出している。
9. Fossa
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ジャンル: ポスト・ロック
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特徴:思考の迷路(Fossa=溝)に迷い込んだような歌詞世界が、緻密なアンサンブルによって壮大に展開される。ラスト2分間の疾走するインストゥルメンタル・パートは、本作における情動の最高到達点。
10. Made of Stone
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ジャンル: ドリーム・ポップ
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特徴: 感情を失い、石のようになってしまった心を歌いながらアルバムは幕を閉じる。すべてを出し切り、静かな諦念と救済が同居する美しい終曲。
11. The End
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ジャンル: アンビエント / インディー・フォーク
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特徴: 極限まで抑制された音数の中で、エレナの歌声が宇宙の塵のように漂う。アルバムの余韻を増幅させ、聴き手を現実世界へ戻すための、切なくも穏やかな着地点。
こんな人におすすめ!
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内省的・感情的な作品が好きな人
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Sigur RósやRadioheadのような空間的音響が好きな人
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ポストロック/アンビエント/インディロックの交差点が好きな人
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冬の夜や雨の日、独りで思考を深めたい人
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静かな音で世界観を作る音楽が好きな人
同じ系統の楽曲・アルバム5選
1. The Antlers『Hospice』
病室を舞台にした死と愛の物語を描いたコンセプト・アルバム。Daughterの『Doing the Right Thing』が持つ、避けられない喪失への悲しみと美しさを共有する作品であり、内省的なインディー・ロックの最高峰と言える。
2. Julien Baker『Sprained Ankle』
テネシー州出身のシンガーソングライターによるデビュー作。エレキギター一本の弾き語りという最小限の編成ながら、リバーブを深くかけた音響効果はDaughterの静謐なパートを彷彿とさせる。
3. Sharon Van Etten『Are We There』
感情を剥き出しにした力強い歌唱と、繊細な音響構築が同居する傑作。Daughterが持つ「痛みを芸術に昇華する力」と共通する精神性を持ち、ダークで叙情的なフォーク・ロックを好む層に深く刺さるだろう。
4. Wolf Alice『My Love Is Cool』
英国出身のバンドによるデビュー作。フォークからグランジ、シューゲイザーまでを横断するダイナミズムを持ち、静と動を巧みに操る構成は、本作のサウンドスケープを好むファンに刺激を与えるはず。
5. Julianna Barwick『Nepenthe』
Sigur Rósのメンバーらと共にアイスランドで録音された、コーラスとアンビエントの極致。歌詞による物語性よりも、音の響きそのものによる救済を感じさせ、Daughterの楽曲の背後に流れる「祈り」のような静寂と呼応する一枚。
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まとめ
『Not to Disappear』は、喪失の後に残る静寂や観察、諦念を丁寧に扱ったアルバムです。聴く側が自身の記憶や経験を投影しやすく、人によって全く違う意味を帯びる点も魅力です。
同時に、ジャンルを横断しながらも非常に聴きやすく、アンビエントやポストロックを普段聴かない層にも自然にハマる作品となっています。
夜の音楽、孤独の音楽、思考を整理する音楽として長く寄り添ってくれる一枚です。