出典:YouTube
2010年代前半、エレクトロ・ハウスやプログレッシブ・ハウスがダンスミュージックの中心にあった時代に、deadmau5はすでに“メロディを操る建築家”として認知されていました。彼の音楽は派手さだけではなく、空間の広がり・音像の質感・構造的な美学を共存させる点に強い魅力があります。
2012年にリリースされた『> album title goes here <』は、そういった彼の個性がさらに厚みを増し、テクノ〜プログレッシブ〜エレクトロの境界線を曖昧にしながらシームレスに展開させていく作品です。リスナー層はEDMブームで新規が増えていた時期ですが、このアルバムは“クラブで映える楽曲”と同時に“自宅で聴いて余韻を味わう楽曲”が同居していたことがユニークでした。
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アーティストについて
deadmau5(デッドマウス)はカナダ出身のエレクトロニック・ミュージック・プロデューサーで、象徴的な“mau5head”のヘルメットとともにフェス文化のアイコンとして世界的に認知されています。ジャンル的にはエレクトロ・ハウスと括られやすいですが、実際にはプログレッシブ要素、アンビエント的アプローチ、テクノ的ミニマリズムを組み合わせた複雑な作風を持っています。
EDM以降のビッグルーム的派手さとは異なり、低音の質感や構築の丁寧さ、ループの積層による緊張と解放が特徴で、クラブで爆発力を持ちながらもヘッドホンで聴くと内向的に響く二面性が魅力です。
アルバムの特徴・個性
- 多彩なゲストとの「化学反応」
本作はdeadmau5のキャリアの中でも、ゲストアーティストの顔ぶれが非常にユニークです。Gerard Way(My Chemical Romance)から、ヒップホップ界の重鎮Cypress Hill、さらにはImogen Heapまで。これほどバラバラな個性を「deadmau5サウンド」として統一している点に、彼のプロデューサーとしての卓越したセンスが光ります。
- 「静」と「動」のドラマチックな対比
フロアを熱狂させるダンスチューンの間に、まるで映画のサウンドトラックのような美しいアンビエントや、ダウンテンポな楽曲が配置されています。アルバム一枚を通して聴くことで、一つの物語を体験するような構成になっています。
- デジタルの中にある「人間味」
冷徹な機械音の中に、ふとした瞬間に宿るメランコリック(哀愁)な旋律。この「寂しさ」こそがdeadmau5の真骨頂であり、他のEDMプロデューサーとは一線を画す「情緒」を本作に与えています。
『> album title goes here <』全曲レビュー
1. Superliminal
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ジャンル: プログレッシブ・テクノ / コンプレクストロ
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特徴: 歪んだノイズと不穏なビートで幕を開ける、挑戦的なオープニング・トラック。攻撃的なシンセサイザーの質感が鼓膜を突き刺すが、その裏では完璧にコントロールされたリズムが支配している。
2. Channel 42 (with Wolfgang Gartner)
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ジャンル: エレクトロ・ハウス
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特徴: 同じく精密なプロダクションで知られるWolfgang Gartnerとの共作。互いの技巧を競い合うような、複雑でトリッキーなシンセ・フレーズの応酬が聴きどころ。
3. The Veldt (feat. Chris James)
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ジャンル: プログレッシブ・ハウス
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特徴: Ray Bradburyの短編小説にインスパイアされた、8分を超える大作。透明感溢れるクリスタルなシンセのメロディと、Chris Jamesの優しい歌声が、どこか切なくも美しい「仮想の草原」を描き出す。deadmau5のキャリアを代表する名曲であり、プログレッシブ・ハウスの至宝。
4. Fn Pig
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ジャンル: プログレッシブ・ハウス / テクノ
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特徴: 美しいピアノのイントロから、じわじわとエネルギーを蓄え、中盤で一気に重厚なビートへと雪崩れ込む。静から動へのビルドアップが完璧であり、彼のライブセットでも欠かせないカタルシスを生む一曲。
5. Professional Griefers (feat. Gerard Way)
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ジャンル: エレクトロ・パンク / ダンス・ロック
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特徴: My Chemical RomanceのGerard Wayをボーカルに迎えた、アルバム中で最もアグレッシブな楽曲。歪んだスタジアム・サイズのギターリフを思わせるシンセと、Gerard Wayの叫びが融合。パンク・ロックの衝動を電子音楽に叩き込んだ快作。
6. Maths
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ジャンル: エレクトロ・ハウス / テクノ
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特徴: 数学的に計算し尽くされたかのような反復美が魅力。音数は決して多くないが、位相をずらしながら展開するシンセ・ベースが、聴き手の脳をトランス状態へと誘う。シンプルながらも恐ろしく強固なグルーヴを持っている。
7. There Might Be Coffee
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ジャンル: プログレッシブ・ハウス
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特徴: 明るく開放的なシンセ・リードが印象的な、ポジティブなエネルギーに満ちた楽曲。ゲーム音楽のような親しみやすさと、ダンスミュージックとしての機能性が高次元で両立している。
8. Take Care of the Proper Paperwork
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ジャンル: インダストリアル / テクノ
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特徴: ノイズ、サンプリング、不規則なリズム。ダンスミュージックの枠をあえて壊し、実験的な音響工作に没頭したかのようなトラック。彼の持つアーティストとしての「狂気」と「遊び心」が最も色濃く出ている。
9. Closer
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ジャンル: エレクトロ・ハウス
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特徴: 映画『未知との遭遇』を彷彿とさせる、有名な5つの音階のモチーフを引用。懐かしさとSF的な近未来感が混ざり合う中、徐々に熱量を高めていく構成が秀逸。
10. October
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ジャンル: プログレッシブ・ハウス
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特徴: 叙情的で壮大なメロディック・ハウス。10月の冷たい空気を感じさせるような、少し寂しげで澄んだ音使いが、聴く者の情緒を揺さぶる。
11. Sleepless
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ジャンル: アンビエント / ダウンテンポ
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特徴: ビートを排除し、浮遊感のあるシンセ・パッドとピアノが織りなす幻想的なナンバー。深夜の静寂に溶けていくような感覚を与えてくれる。彼のアンビエント・プロデューサーとしての卓越した才能を証明している。
12. Failstat (with Cypress Hill)
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ジャンル: ヒップホップ / ブレイクビーツ
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特徴: ヒップホップ・レジェンド、Cypress Hillを迎えた意外な組み合わせ。重厚なビートの上で繰り広げられるラップが、これまでのトラックとは異なるアーバンな緊張感をもたらしている。
13. Telemiscommunications (with Imogen Heap)
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ジャンル: エレクトロニカ / IDM
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特徴: 電話越しのコミュニケーションの断絶をテーマにした、儚くも美しいバラード。デジタルな手法を用いながら、人間の孤独と温もりをこれほどまでに鮮やかに描き出す手腕には脱帽するしかない。
こんな人におすすめ!
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クリアで硬質なエレクトロサウンドが好きな人
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アナログシンセの太く、深い音の質感を堪能したい人
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プログレッシブ・ハウスの美しいメロディに浸りたい人
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作業中やドライブ中に、没入感のある質の高いBGMを求めている人
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ループや構造で魅せる音楽に惹かれる人
同じ系統の楽曲・アルバム5選
1. Eric Prydz『Opus』
完璧主義なサウンド・プロダクションで知られるプログレッシブ・ハウスの巨匠。10分近くかけて徐々に音を積み重ねていくスタイルは、本作の「The Veldt」や「October」に魅了されたリスナーにとって、至福の体験となることは間違いない。
2. Jon Hopkins『Immunity』
テクノの躍動感とアンビエントの静寂を、これ以上ないほど美しく融合させた一枚。deadmau5が持つ「数学的緻密さ」と、本作後半で見せる「叙情性」の両方を兼ね備えており、電子音楽の芸術性を追求したい方には必聴の名盤。
3. Wolfgang Gartner『Weekend in America』
deadmau5と同じく、複雑に構成されたエレクトロ・ハウスを得意とする。音の詰め込み方やカットアップの技術は、当時のエレクトロ・シーンでも随一のキレを誇っている。
4. Feed Me『Calamari Tuesday』
deadmau5のレーベル「mau5trap」を象徴するアーティストの一人。凶暴なベースサウンドと、キャッチーで少しひねくれたメロディの同居は、本作の「Professional Griefers」や「Maths」のような遊び心あるトラックと通じ合うものがある。
5. Tycho『Awake』
ドリーミーでオーガニックな電子音に惹かれた方には、 Tychoのこのアルバムが最適。アナログシンセの温かみを活かした美しい風景描写のようなサウンドは、聴く場所を選ばない普遍性を持っている。
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まとめ
『> album title goes here <』は、EDMが最も外向きに膨張していった時代にあって、むしろ内側へと音楽性を深めたアルバムとして再評価されています。派手なドロップで煽るのではなく、構造や空間、音色の精度で勝負するこの姿勢は現在のクラブミュージックやベッドルーム的リスニングにも通じる部分が多く、今聴いてもまったく古びません。
音楽好きにとっても制作好きにとっても“聴くほどに情報が出てくる”作品で、当時を知らなくても楽しめます。電子音の設計美に興味がある人には特におすすめです。