出典:YouTube
2010年前後、エレクトロニック・ミュージックはクラブ志向とリスニング志向の二極化が進んでいました。EDMが巨大化していく一方で、自宅でじっくり聴くための電子音楽、いわゆる“チルアウト”“ダウンテンポ”“ポスト・トリップホップ”と呼ばれる流れも確実に成熟していきます。
その中でBonoboの『Black Sands』は、ダンスミュージックの語彙を使いながらも、極めて有機的で、人の体温を感じさせるアルバムとして大きな評価を獲得しました。ビートは控えめで、派手な展開も少ない。それでも最後まで聴かせてしまう引力があり、2010年代以降のリスニング系エレクトロニカの基準点とも言える一枚です。
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アーティストについて
BonoboことSimon Greenはイギリス出身のプロデューサー/コンポーザーです。
Ninja Tuneからのリリースで知られ、ヒップホップ、ジャズ、ダウンテンポ、エレクトロニカを横断しながら、“踊らせるより浸らせる”音楽を一貫して作り続けてきました。
Bonoboの特徴は、サンプリング主体でありながらも、生楽器や人の演奏感を重視する点にあります。プログラミングされたビートの上に、ストリングス、ブラス、ギター、ベースが溶け込み、電子音楽でありながらアンサンブルとして成立している。このバランス感覚が彼の最大の個性です。
アルバムの特徴・個性
2010年に発表された『Black Sands』は、Bonoboのキャリアにおいて「完成形」に到達した瞬間とも言える作品です。
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「シネマティック」なサウンドスケープ
聴くだけで目の前に北欧の荒野や夜の都市の風景が広がるような、物語性に満ちた音像。 -
オーガニックとデジタルの融合
ストリングスやクラリネットといった生楽器の柔らかな音色を、細かくエディットされたビートが支える唯一無二のテクスチャー。 -
Andreya Trianaの起用
3曲にゲスト参加した歌姫Andreya Trianaの、スモーキーでソウルフルな歌声がアルバムに体温を与えています。 -
民族楽器とジャズのスパイス
ガムランのような打楽器の響きやジャジーなコード進行が、多国籍で洗練された雰囲気を作り出しています。
『Black Sands』全曲レビュー
1. Prelude
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ジャンル: モダン・クラシカル
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特徴: 哀愁漂うストリングスの旋律が、リスナーを日常から『Black Sands』の静謐な世界へと優しく、しかし確実へと誘う。これから始まる壮大な音楽の旅を予感させる、完璧なプロローグ。
2. Kiara
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ジャンル: ダウンテンポ / インストゥルメンタル・ヒップホップ
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特徴: アジア風のストリングス・サンプリングが印象的な、Bonoboの代表曲の一つ。細切れにカットされたボーカルサンプルと、タイトでありながら弾力のあるビートが交錯する。静かな情熱を秘めたようなメロディラインは、まさに彼にしか作れない芸術的な構成。
3. Kong
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ジャンル: チルアウト / ジャズ・エレクトロニカ
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特徴: 深みのあるベースラインと、軽やかなパーカッションが心地よい。中盤から加わるフルートやブラスの音色が、夜の都会を散歩しているかのようなアーバンな雰囲気を醸し出す。過剰な装飾を削ぎ落とした、引き算の美学が光る一曲。
4. Eyesdown (feat. Andreya Triana)
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ジャンル: 2ステップ / フューチャー・ジャズ
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特徴: Andreya Trianaのハスキーな歌声が初めて登場する。当時のUKクラブシーンに呼応するように、微かにダブステップやUKガラージのニュアンスを含んだビートが特徴的。浮遊感のあるシンセと重厚なベースの対比が、深い没入感を生んでいる。
5. El Toro
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ジャンル: ニュー・ジャズ / ラテン・ジャズ
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特徴: アップテンポで情熱的なブラス・セクションがリードする、アルバムの中でも躍動感に溢れたナンバー。スペイン語で「雄牛」を意味するタイトル通り、力強さと気品を感じさせる。生楽器のアンサンブルの楽しさが詰まったトラック。
6. We Could Forever
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ジャンル: アフロ・ビート / ダウンテンポ
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特徴: 軽快なギターのカッティングと、木琴のようなパーカッションの音色がトロピカルな風を運ぶ。アルバム中盤において、心地よい開放感を与える役割を果たしている。
7. 1009
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ジャンル: IDM / エレクトロニカ
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特徴: 四つ打ちをベースにしつつも、緻密な音響工作が施されたディープなトラック。ミニマルなリフレインの中で、音の粒子が細かく変化していく様子は圧巻。
8. All in Forms
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ジャンル: アンビエント・サイケデリア / トリップ・ホップ
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特徴: 徐々にレイヤーが重なり、壮大なクライマックスへと向かう構成が素晴らしい。クラップ音や足音のような環境音を取り込み、まるで森の奥深くで儀式が行われているかのような、神秘的でスピリチュアルな高揚感をもたらす。
9. The Keeper (feat. Andreya Triana)
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ジャンル: ソウル / ジャズ
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特徴: Andreya Trianaのボーカルが最も感情的に響き、シンプルながら力強いピアノの伴奏がそれを支える。普遍的なソウル・ミュージックの美しさを、Bonobo流のモダンな音響で包み込んだ名曲。
10. Stay the Same (feat. Andreya Triana)
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ジャンル: ダウンテンポ・ソウル
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特徴: ゆったりとしたテンポの中で、ストリングスが優雅に舞う。歌詞に込められた切なさと、温かみのあるプロダクションが溶け合い、聴く者の心を癒やす。静寂の中に強い芯を感じさせる一曲。
11. Animals
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ジャンル: ニュー・ジャズ / ジャム・セッション
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特徴: 即興的なジャズの熱量を感じさせるトラック。サンプリング主体から生演奏への移行を象徴するような、生命力に満ちたサウンド。
12. Black Sands
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ジャンル: モダン・クラシカル / ポスト・ロック
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特徴: 哀愁を帯びたクラリネットの独奏から始まり、徐々に分厚いオーケストレーションへと発展していく様は、まさに映画のエンディング。静かな感動と共に、深い余韻を残す。
13. Brace Brace
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ジャンル: エレクトロニカ / ダウンテンポ
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特徴: 抑制されたビートの上に、たゆたうようなシンセのメロディと細かなグリッチ・ノイズが美しく配されている。本編の緊張感から解き放たれ、優しく着地するかのような浮遊感が心地よい一曲。
こんな人におすすめ!
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夜、一人で静かに音楽に浸りたいという思索好きな人
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エレクトロニカだけど冷たすぎない音が好きな人
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生楽器と電子音の絶妙なバランスを楽しみたい人
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QuanticやFlying Lotusのような、ジャンルを横断するビートメイカーが好きな人
- ジャズやソウルの要素がある電子音楽が好きな人
同じ系統の楽曲・アルバム5選
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Quantic『The 5th Exotic』
Bonoboと同じく、生楽器とサンプリングを巧みに操る天才Will Hollandのデビュー作。ジャズ、ボサノヴァ、ヒップホップをブレンドした温かいサウンドは、『Black Sands』以前のBonoboに近い雰囲気を持つ。 -
The Cinematic Orchestra『Every Day』
Ninja Tuneの同門であり、Bonoboよりもさらに「映画音楽」と「ジャズ」の融合に舵を切った傑作。全編を貫く壮大なスケール感と深い精神性は、『Black Sands』のラストトラックに感動したリスナーにとって必聴。 -
Four Tet『There Is Love in You』
フォーク・ミュージックの素朴さと、ダンスミュージックの快楽性を結びつけたエレクトロニカの金字塔。細かく刻まれた音の断片が美しい紋様を描く様は、Bonoboの『1009』などの緻密なトラックと強く共鳴する。 -
Emancipator『Soon It Will Be Cold Enough』
美しいバイオリンの旋律と、哀愁漂うヒップホップ・ビートが融合したダウンテンポの名盤。自然の風景を音に落とし込んだような透明感のあるサウンドスケープは必聴。 -
Nightmares On Wax『Carboot Soul』
ダウンテンポ / トリップ・ホップの歴史を語る上で外せない重要作。スモーキーでリラックスした空気感、ブラック・ミュージックへの深い敬意は、Bonoboの音楽的なルーツを理解する上でも非常に興味深い一枚。
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まとめ
Bonoboの『Black Sands』は、リリースから15年以上経った今でも、色褪せるどころか、その輝きを増し続けています。それは、このアルバムが流行を追うのではなく、「人間が心地よいと感じる音の響き」という普遍的なものを追求して作られたからに他なりません。
慌ただしい日常に疲れ、心が少しの静寂を求めているとき、この「黒い砂(Black Sands)」が広がる音の世界へ身を投じてみてください。そこには、言葉にできないほどの深い癒やしと、美しい発見が待っています。