雑食音楽遍歴

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Tricky『Angels With Dirty Faces』(1998)|ブリストルの暗黒が産み落とした退廃の美

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出典:YouTube

1990年代後半、トリップホップという言葉はすでに定着しつつありました。しかし、一方で、ジャンルとして消費されることへの違和感も同時に生まれていました。
Trickyの『Angels With Dirty Faces』は、そうした空気の只中で生まれた作品です。

本作は、聴きやすさや流行とは距離を取り、感情の歪みや都市生活の不安、対人関係の脆さをむき出しのまま提示します。トリップホップというジャンル名が足かせになるほど、個人的で不安定なアルバムです。

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アーティストについて

Tricky(本名:Adrian Thaws)は、ブリストル出身のアーティストで、Massive Attackの初期作品に関与したことで広く知られる存在です。しかし彼の本質は、集団の中ではなく、孤独な表現者として立ったときにこそ発揮されました。

1995年の『Maxinquaye』で確立した、低温で内省的な世界観は、その後の作品で徐々に形を変えていきます。『Angels With Dirty Faces』は、その過程で生まれた、最も感情の輪郭が露出したアルバムと言えるでしょう。

アルバムの特徴・個性

本作は、前作までの成功による重圧や、複雑な私生活が色濃く反映された、極めて内省的な作品です。

  • 徹底したダークネス
    アルバム全体が重苦しい霧に包まれており、聴き進めるほどにトリッキーの脳内を彷徨っているような感覚に陥ります。

  • ロック色の強化
    前作に比べ、ギターの歪みやインダストリアルな質感が強調されており、パンクに近い攻撃性を秘めています。

  • 対比の美学
    Trickyの野太く低い呟きと、マルティナの天上的な歌唱が、光と影のように交錯するスリル。

  • サンプリングの妙
    PJ Harvey やSiouxsie And The Banshees などの要素を取り込み、既存の音楽を「解体・再構築」する手腕が冴え渡っています。

『Angels With Dirty Faces』全曲レビュー

1. Money Greedy

  • ジャンル: トリップホップ / インダストリアル

  • 特徴: アルバムの幕開けを飾る、不穏なベースラインが這い回る楽曲。乾いたドラムの音色と、時折差し込む不気味なシンセサイザーが、リスナーを瞬時に暗黒の世界へと引きずり込む。

2. Mellow

  • ジャンル: ダーク・ポップ / ダウンテンポ

  • 特徴: 全く「メロウ」ではない緊張感が漂う。Martina Topley-Bird のボーカルが美しくも空虚に響き、その背後でTricky の呟きが影のように付きまとう。美しさと不快感が紙一重で同居する、本作のハイライトの一つ。

3. Singing The Blues

  • ジャンル: アブストラクト・ヒップホップ

  • 特徴: クラシックなブルースの情緒を、Tricky 流の破壊的解釈で再構築したトラック。重く引きずるようなビートが、深い絶望感を描き出している。ジャンルの境界を曖昧にさせる独創的な一曲。

4. Broken Homes

  • ジャンル: オルタナティブ・ロック / トリップホップ

  • 特徴: PJ Harvey をゲストボーカルに迎えた贅沢な一曲。彼女の強烈なカリスマ性と、Trickyの不穏なプロダクションが完璧に化学反応を起こしている。

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5. 6 Minutes

  • ジャンル: インダストリアル / 実験音楽

  • 特徴: 機械的なノイズと、執拗な繰り返しが印象的な短いトラック。閉塞感に満ちた空間を音で表現しており、精神的な「行き止まり」を感じさせる。

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6. Analyze Me

  • ジャンル: トリップホップ

  • 特徴: 自身の精神状態を解剖するかのような、内省的なリリックが並ぶ。ダブの影響を感じさせる深いエコーが、深淵を覗き込むような錯覚を与える。

7. The Moment I Feared

  • ジャンル: ヒップホップ / ダーク・アンビエント

  • 特徴: Slick Rick の同名曲をTricky 流にカバー。オリジナルのストーリーテリングを解体し、悪夢のような質感へと塗り替えている。スカスカのビートが、逆に都会の空虚さを強調している。

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8. Talk To Me (Angels With Dirty Faces)

  • ジャンル: ゴシック・ロック / ダウンテンポ

  • 特徴: 表題曲。Siouxsie And The Banshees のフレーズを引用し、退廃的な耽美主義を爆発させている。重厚なストリングスと歪んだボーカルが交差する様は、まさに「汚れた顔の天使」を体現した美しさ。

9. Carriage For Two

  • ジャンル: パンク・ロック / エレクトロ

  • 特徴: アルバムの中でも特に攻撃的な、パンキッシュな衝動に満ちた楽曲。ブリストル・サウンドのルーツにあるパンク精神が剥き出しになった一曲。

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10. Demise

  • ジャンル: アブストラクト

  • 特徴: 崩壊を意味するタイトル通り、楽曲の構造自体が解体されていくような不安感を与える。リズムの核が見え隠れし、予測不能なノイズが耳を突く。

11. Tear Out My Eyes

  • ジャンル: トリップ・ホップ / ソウル

  • 特徴: 呪術的なパーカッションと、切実なメロディラインが印象的。自己破壊的な愛情を歌っており、痛みを伴う美しさが全編を支配している。終盤にかけての盛り上がりは、ある種のカタルシスさえ感じさせる。

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12. Record Companies

  • ジャンル: スポークン・ワード / インダストリアル

  • 特徴: 音楽業界への強烈な皮肉と怒りをぶちまけた楽曲。彼の妥協を許さないアーティストとしての姿勢が、剥き出しの言葉として突き刺さる。

13. Peyote Sings

  • ジャンル: アンビエント / トライバル

  • 特徴: 幻覚剤の名を冠した通り、意識の混濁を表現したような浮遊感のあるトラック。遠くで鳴る打楽器と、うごめくような音響エフェクトが、リスナーの平衡感覚を狂わせる。アルバムの終盤を飾る、サイケデリックな実験作。

14. Taxi

  • ジャンル: ダーク・ジャズ / ダウンテンポ

  • 特徴: アルバムの最後を締めくくる、夜の静寂を感じさせる一曲。ジャジーなピアノの響きと、都会の喧騒から逃れようとするような寂寥感が漂う。長い夜が終わる直前の、冷え切った空気感を残して幕を閉じる。

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こんな人におすすめ!

  • 陰鬱で内省的な音楽に惹かれる人

  • Massive Attack やPortishead など、90年代UKサウンドの深淵を覗きたい人

  • 美しいメロディと、不快なノイズの対比に快感を感じる人

  • PJ Harvey やBjörkなど、独創的なアーティストのファン

  • 部屋を暗くして、一人で音楽に没入したい夜

同じ系統の楽曲・アルバム5選

  1. Massive Attack『Mezzanine』
    同じブリストル出身にして、トリップ・ホップを完成させた金字塔。本作同様、ロックの要素を取り入れ、ダークで重厚な音像を構築している。

  2. Portishead『Portishead』
    ブリストル・サウンドのもう一つの極北。サンプリングによるシネマティックな退廃美と、Beth Gibbons の痛切な歌声は、Tricky が描く暗黒の風景と強く共鳴する。

  3. UNKLE『Psyence Fiction』
    James Lavelle とDJ Shadow によるプロジェクト。豪華ゲストを迎えた多彩なジャンルの融合と、全編を貫くメランコリックな雰囲気は、Tricky の実験精神を継承している。

  4. Martina Topley-Bird『Quixotic』
    Tricky のミューズのソロデビュー作。Trickyのプロダクションをより洗練させ、彼女自身の豊かな音楽性を開花させた傑作であり、本作の裏返しのような美しさがある。

  5. Nine Inch Nails『The Fragile』
    Trent Reznor が描く自己破壊的な内省と、緻密に構成された音響の暗黒は、Trickyの音楽性と驚くほど近い精神性を持っている。

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まとめ

『Angels With Dirty Faces』は、トリップホップという枠を内側から壊した、極めて個人的なアルバムです。心地よさよりも違和感を、完成度よりも感情の揺らぎを優先した本作は、時代を超えてなお有効な“居心地の悪さ”を持っています。

Trickyというアーティストの核心に触れたいなら、避けては通れない一枚です。