出典:YouTube
クラブカルチャーの発展と共に進化し続けてきたエレクトロニック・ミュージック。その中で、テクノやハウスにシンフォニックな美しさを持ち込み、"ダンス"と"アート"の橋を架けてきたアーティストがErik Prydzです。
2016年にリリースされた初のフルアルバム『Opus』は、彼の10年以上にわたる音楽的旅路の結晶であり、単なるダンスアルバムにとどまらない芸術作品です。
2時間を超えるボリュームにもかかわらず、その流れには一貫した美しさと秩序があり、最後まで息を飲むような展開が続きます。
アーティストについて
Erik Prydz(エリック・プライズ)は、スウェーデン出身のDJ/プロデューサーです。2004年の「Call On Me」の大ヒットで一躍世界の注目を浴びましたが、商業的成功に甘んじることなく、以後はよりアーティスティックで洗練されたエレクトロニック・ミュージックの世界へと進んでいきます。
彼は複数の名義を使い分けて活動しており、メロディックでプログレッシブな“Pryda”、ミニマルかつインダストリアルな“Cirez D”と、ジャンルごとに異なる個性を展開しています。そんな中でも、Erik Prydz名義は彼の“本名”であるだけに、もっともパーソナルで幅広い音楽性を持つ作品をリリースしているのが特徴です。
アルバムの特徴・個性
『Opus』は、プログレッシブハウスを基軸としながらも、壮大でドラマティックな展開が印象的な作品です。繊細なメロディラインと緻密に構築されたサウンドデザインが融合し、単なるクラブトラックにとどまらない音楽的深みを感じさせます。楽曲は徐々に盛り上がりを見せ、エモーショナルな高揚感を巧みに演出。ミニマルな要素と厚みのあるシンセサウンドが絶妙なバランスで共存しており、聴く者をトランス状態に誘うような没入感を生み出しています。全体を通して、プログレッシブなビートの躍動感と、叙情的な旋律の融合がこのアルバムの大きな特徴であり、Prydzの卓越したプロデュース技術が光る一枚です。
『Opus』全曲レビュー
1. Liam
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ジャンル:プログレッシブ・ハウス
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特徴:淡く、柔らかく、光が差し込むようなイントロで幕を開ける。ビートは控えめで、徐々に構築されていくシンセとコードの変化が心地よい。メロディは静かに感情を揺らし、イントロダクションとして完璧な導入になっている。クラブというよりは、広大な自然の中で聴くような感覚。
2. Black Dyce
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特徴:深く沈んだようなシンセのベースが不穏な空気を醸し出す。中盤からの展開で徐々に光が見える構成が美しい。静と動が交互に訪れるリズムに耳が引き込まれる。
3. Collider
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ジャンル:テクノ、エレクトロ
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特徴:鋭いリズムと重たいベースラインが、直線的な推進力を生むアグレッシブな1曲。序盤からエネルギッシュで、まさに“コライダー”の名にふさわしい加速感。ブレイク部分ではシンセのうねりが迫力を増し、フロアでの爆発力が高い。力強いが、単調にはならず、緻密な音のレイヤーが奥行きを与える。
4. Som Sas
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ジャンル:プログレッシブ・テクノ
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特徴:シンプルなパーカッションから始まり、徐々に空間が広がっていくタイプのトラック。シンセの重なりが美しく、浮遊感と躍動感が共存する。ミニマルな構成ながら、音の出入りが細かく計算されており、繰り返し聴くほどに新しい発見がある。中盤からのスウィープとディレイの使い方が絶妙で、耳を奪う展開へと導かれる。
5. Last Dragon
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ジャンル:プログレッシブ・ハウス
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特徴:古典的なハウスのコード進行に現代的なサウンドを重ねた1曲。シンセのメロディはどこか郷愁を誘い、温かみのあるトーンが全体を包む。中盤のビルドアップは控えめだが、じわじわと感情を引き上げていく。派手ではないが、丁寧に積み重ねられた音が印象深い。
6. Moody Mondays
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ジャンル:エレクトロニック・ポップ
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特徴:The Cutのやや憂いを帯びた歌声が、メロウなシンセと絡んで浮遊感を演出する。ビートは控えめで、むしろ歌を際立たせるようなアレンジ。日常のブルーを描いたような哀愁漂う世界観が魅力。アルバム中盤に向けて感情の振れ幅を持たせる役割も担っている。
7. Floj
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特徴:ピアノの旋律と柔らかなパッドが交錯し、まるで朝日のような光を感じさせる一曲。ビートはほとんどなく、浮遊感と静寂が支配する。夜明けや終焉といったイメージとリンクする、詩的な美しさがある。
8. Trubble
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ジャンル:プログレッシブ・ハウス、インダストリアル
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特徴:無骨で工業的な質感のリズムが印象的な、やや暗めのトラック。キックとサブベースがタイトに絡み合い、ミニマルながら緊張感のあるグルーヴを生む。中盤から入るノイズ混じりのシンセが攻撃的で、Cirez Dに近いアンダーグラウンド感も感じさせる。
9. Klepht
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ジャンル:プログレッシブ・テクノ、ミニマル
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特徴:タイトなキックと、細かく刻まれるハイハットが特徴的な硬質トラック。全体としてはミニマルな構造だが、微細なサウンドエディットやフィルターワークが息づいている。ベースは重く、ローファイ気味な処理が空間に深みを与える。タイトルの"Klepht"(盗賊)にふさわしい、どこか影のある雰囲気も漂う。
10. Eclipse
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ジャンル:テクノ、プログレッシブ
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特徴:暗闇の中で一筋の光を感じさせるようなミステリアスなトラック。タイトルの「日食」を想起させるように、徐々に音が閉じていき、また開いていくドラマがある。ビートは鋭利で、シンセは柔らかく、コントラストが美しい。
11. Sunset at Café Mambo
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ジャンル:アンビエント・ハウス
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特徴:タイトルの通り、イビサのカフェ・マンボーでのサンセットを音にしたような、穏やかで美しい楽曲。ビートは控えめで、シンセの揺らぎが心をほぐす。目を閉じると水平線が見えてくるような情景描写が秀逸。アルバム全体における“静の美学”を象徴する1曲。
12. Breathe
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ジャンル:エレクトロ、ボーカル・プログレッシブ
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特徴:Pendulum/Knife PartyのRob Swireを迎えたボーカルトラックで、感情を爆発させるようなメロディが印象的。シンセの鳴りは厚く、ベースは深く、スケール感が非常に大きい。フェス向けの高揚感と、繊細なメロディが見事に同居している。
13. Generate
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ジャンル:プログレッシブ・ハウス
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特徴:光の粒のようなシンセと中性的なボーカルループが織りなす、幻想的なトラック。徐々にレイヤーが厚くなりながら、すべてが溶け合っていくような展開。特定のフックではなく、雰囲気で聴かせるタイプの構成。
14. Oddity
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ジャンル:ミニマル・テクノ
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特徴:反復されるベースラインが中毒性を生み、そこに奇妙なシンセの軌道が絡む。メロディは希薄で、構成の妙と音響空間のゆがみに焦点が当てられている。ダンスよりも“聴くこと”に重きを置いた印象。
15. Mija
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特徴:ややローファイな質感を持ったメロウなトラックで、優しいシンセのループが心地よい。音数を抑えた中にもしっかりと感情が込められており、内省的なリスニングに適している。アルバムの“余韻”として配置された繊細な一曲。
16. Every Day
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ジャンル:プログレッシブ・ハウス、ボーカルハウス
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特徴:リリース当時から人気の高いナンバーで、感情を大きく揺さぶるメロディラインが魅力。反復されるピアノとシンセが安心感を与え、ボーカルのリフレインが癖になる。夜のドライブや深夜のリスニングにぴったりのエモーショナルな楽曲。
17. Liberate
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ジャンル:プログレッシブ・ハウス、エレクトロ・ポップ
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特徴:美しく広がるシンセ・パッドと感情的なボーカルが融合した開放感のある楽曲。希望や自由といったポジティブなテーマが、音の構成にも丁寧に反映されている。メロディはシンプルながら胸を打ち、非常にキャッチー。
18. The Matrix
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ジャンル:インダストリアル・テクノ、サイバー・エレクトロ
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特徴:鋭く刻まれるノイズのようなシンセと、低音の響きがサイバーパンク的な世界観を構築。リズムは機械的かつ硬質で、クラブでの使用を前提としたストイックなビルドアップが展開される。
19. Opus
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特徴:冒頭はBPM60程度から始まり、徐々にテンポが加速し、最終的に完全なビートへと進化する。まるで呼吸のようなリズム変化に加え、感情を震わせるメロディラインが聴き手を包み込む。
こんな人におすすめ!
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エレクトロニック・ミュージックを“聴き込む”のが好きな人
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映画音楽のようなストーリーテリングが好きな人
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フェス系EDMに飽きて、より深い音楽体験を求めている人
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長時間集中して聴く“音の旅”が好きな人
同じ系統の楽曲・アルバム5選
1. Deadmau5 -『While(1<2)』
エレクトロニカとプログレッシブ・ハウスを融合させた2枚組の意欲作。Prydz同様、メロディと構築力に長けており、アルバム全体で流れを意識した設計がされている。より実験的なサウンドが楽しめる。
2.Sasha -『Scene Delete』
ダウンテンポで映画的な展開を見せるアンビエント寄りの作品。クラブDJから作曲家へと進化したSashaの美意識が詰まっている。夜のリスニングや集中作業に最適。
3.BT -『This Binary Universe』
IDM、オーケストラ、グリッチを融合した先鋭的なサウンドスケープ。Prydzのシネマティックな側面が好きなら間違いなくハマる。ヘッドホンでの鑑賞推奨。
4.Guy J -『1000 Words』
イスラエルのプロデューサーによるメロディックで美しいプログレッシブ・ハウスの名作。Erik Prydzと同じように長尺でじっくりと構築する手法が光る。クラブと自宅の中間にある音。
5. Lusine -『Sensorimotor』
Ghostly International所属のLusineによるエレクトロニカ〜テクノの作品。構築美と感性の融合という点でPrydzと共鳴する。より抽象度の高い世界観を持っている。
リンク
まとめ
『Opus』は、ダンスミュージックの枠を超えたアートピースとして、エレクトロニック・ミュージックの未来を照らす作品です。派手なドロップや一過性のヒットに頼らず、じっくりと音の“時間”を描くことにより、リスナーの感情と深く響き合う力を持っています。
Erik Prydzというアーティストがいかに真摯に音と向き合っているか、その姿勢が詰まった傑作。音楽の“旅”を求めるすべての人に、この作品を心からおすすめします。