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A Perfect Circle の3rdアルバム『eMOTIVe』は、2004年のアメリカ大統領選挙に合わせてリリースされた異色のカバーアルバムです。政治的・社会的メッセージが込められた名曲の数々を大胆に再構築し、現代的な怒りや悲しみ、そして希望を表現しています。本作は、ロックバンドが単なるエンターテイナーに留まらず、いかにして時代と対話しうるかを示す貴重な例と言えるでしょう。
アーティストについて
A Perfect Circle は、Tool のボーカルであるMaynard James Keenanと、ギタリストのBilly Howerdelを中心に結成されたアメリカのオルタナティブロックバンドです。1999年のデビューアルバム『Mer de Noms』で高く評価され、2003年の2ndアルバム『Thirteenth Step』ではその評価を決定的なものにしました。Tool のプログレッシブで重厚な音楽性とは異なり、A Perfect Circle はよりメロディアスで芸術性の高いアプローチを特徴としています。
アルバムの特徴・個性
『eMOTIVe』は、10曲のカバーと2曲のオリジナルを含む全12曲で構成されています。特筆すべきは、どのカバーも単なる焼き直しではなく、原曲を一度解体し、APCの美学で再構築している点です。ジョン・レノンの「Imagine」は、平和を願うメッセージを逆説的に重く沈んだ音像で表現しており、単なる理想論に終わらせない現実感を帯びています。
アルバム全体としては、政治的メッセージを押し出しつつも、単純なプロテストソング集ではありません。むしろ、人間の感情や倫理観に訴えるような、深く内省的なトーンが貫かれています。まさに“感情(eMOTIVe)”を軸に構成された作品と言えるでしょう。
『eMOTIVE』全曲レビュー
1. Annihilation
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ジャンル:インダストリアル、アンビエント
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特徴:Crucifixのカヴァーであり、アルバムの不穏な幕開けを飾る。歪んだ電子音と重苦しいドラムマシンが、混沌とした世界観を表現している。アルバムのテーマ性を象徴する衝撃的なイントロダクション。
2. Imagine
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ジャンル:オルタナティヴ・ロック、アンビエント
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特徴:John Lennonが残した平和のアンセムを、A Perfect Circleならではのダークで内省的なサウンドで再構築している。原曲のシンプルなピアノメロディは尊重しつつも、深遠なストリングスとMaynardの感情豊かな歌声が楽曲に新たな深みを与えている。希望と絶望が入り混じるような、複雑な感情を呼び起こす。
3. Peace, Love, and Understanding
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ジャンル:オルタナティヴ・ロック
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特徴:Nick Loweのカヴァーであり、平和と理解への切なる願いを歌い上げている。ギターのアルペジオと抑制されたリズムが、楽曲に叙情的な雰囲気を与えている。Maynardのヴォーカルは、聴き手に直接語りかけるように力強くも穏やかに響く。
4. What's Going On
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ジャンル:プログレッシヴ・ロック、ソウル
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特徴:Marvin Gayeのクラシックなプロテストソングを、A Perfect Circle流に大胆に解釈している。原曲のソウルフルなグルーヴは残しつつも、より重く歪んだギターサウンドとMaynardの切迫した歌声が、現代の社会問題に警鐘を鳴らすような緊迫感を生み出している。
5. Passive
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ジャンル:インダストリアル、オルタナティヴ・メタル
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特徴:かつてMaynardとTrent Reznorが構想していたプロジェクトTapewormのために作られた楽曲。激しく歪んだギターリフと冷徹なドラムマシンが、無関心な社会に対する怒りを表現している。アルバムの中で最も攻撃的なトラックの一つであり、聴く者に強い衝撃を与える。
6. Gimme Gimme Gimme
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特徴:Black Flagのパンクアンセムを、A Perfect Circleならではのゴシックで耽美なサウンドでカヴァーしている。原曲の荒々しいエネルギーは残しつつも、Maynardの歌声とBillyの緻密なギターワークが楽曲に新たな芸術性を加えている。欲望と消費社会への批判を表現している。
7. People Are People
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ジャンル:エレクトロニック・ロック、シンセポップ
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特徴:Depeche Modeの80年代ヒット曲を、よりダークでインダストリアルな要素を加えてカヴァーしている。シンセサイザーの冷たい音色と重厚なビートが、差別や分断といったテーマを強調している。
8. Freedom of Choice
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ジャンル:ニューウェーブ、オルタナティヴ・ロック
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特徴:Devoのニューウェーブ・クラシックをカヴァーしている。原曲のコミカルな雰囲気は薄れ、よりシリアスで運命の選択と責任を問うような重みが加わっている。ギターリフとリズムセクションは原曲へのリスペクトを示しつつも、A Perfect Circleのサウンドへと昇華されている。
9. Let’s Have a War
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ジャンル:ハードコア・パンク、インダストリアル・ロック
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特徴:Fearの楽曲のカヴァーであり、戦争への皮肉と怒りを爆発させている。原曲の破壊的なエネルギーはそのままに、より重くインダストリアルな要素を加えることで、そのメッセージに凄みが増している。
10. Counting Bodies Like Sheep to the Rhythm of the War Drums
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ジャンル:インダストリアル・ロック、エレクトロニック・ロック
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特徴:アルバム『Thirteenth Step』に収録された「The Outsider」のリミックス・バージョンであり、戦争の無益さと、大衆の盲目的な追従を痛烈に批判している。機械的で反復するリズムと歪んだヴォーカルサンプルが、楽曲に圧倒的な説得力と緊迫感を与えている。
11. When the Levee Breaks
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ジャンル:ブルースロック、プログレッシヴ・ロック
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特徴:Memphis Minnie & Kansas Joe McCoyのブルース曲を、Led Zeppelinのヴァージョンを参考にA Perfect Circle流に再構築している。重く引きずるようなリズムと歪んだギターサウンドが、楽曲に絶望的な雰囲気を漂わせる。災害や社会の崩壊を予感させるような圧倒的なスケール感を持つ。
12. Fiddle and the Drum
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ジャンル:フォーク、アンビエント
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特徴:Joni Mitchellの反戦歌をカヴァーしており、アルバムの最後を締めくくるにふさわしい静かで内省的な楽曲。アコースティックギターとMaynardの感情を込めたヴォーカルのみで構成されており、平和への切なる願いと痛ましい現実を対比させている。シンプルな美しさがかえって強いメッセージ性を放つ。
こんな人におすすめ!
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A Perfect Circle のオリジナル作品よりも、アート志向な「解釈」を楽しみたい人
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社会的なメッセージを持つ音楽が好きな人
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カヴァー曲の再構築に興味がある人
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感情的な深みを持つ音楽を聴きたい人
同じ系統の楽曲・アルバム5選
1. Nine Inch Nails - 『The Downward Spiral』
インダストリアル・ロックの金字塔であり、Trent Reznorの個人的な苦悩と社会批判が融合したダークで内省的なアルバム。重苦しい雰囲気や、感情を揺さぶるサウンド、実験的な要素に共通する魅力がある。
2. Faith No More – 『The Real Thing』 ジャンルを横断するミクスチャー・ロックのパイオニア、Faith No Moreの代表作の一つ。ヘヴィなギターリフ、ファンクやヒップホップの要素、Mike Pattonによる多才なヴォーカルが特徴で、予測不能な展開と時にダークで実験的なサウンド。
3. Deftones - 『White Pony』
ニューメタル/オルタナティヴ・メタルの枠を超えた、Deftonesの最高傑作の一つ。ヘヴィなサウンドの中に、アンビエントでドリーミーな要素とChino Morenoの感情的なヴォーカルが融合しており、A Perfect Circleの持つ静と動のコントラストや、耽美なサウンドに通じるものがある。
4. Puscifer - 『"V" Is for Vagina』
Maynard James Keenanによるもう一つのサイドプロジェクトであり、より実験的でエレクトロニックな要素が強い。ユーモラスでありながらも、政治的・社会的なメッセージを内包している点が『eMOTIVE』に通じる彼のクリエイティビティの側面を示している。
5. Pink Floyd - 『The Wall』
ロックオペラの金字塔であり、社会の疎外感や戦争の悲劇をテーマにしたコンセプトアルバム。壮大なスケールと深いメッセージ性を持つ点で、『eMOTIVE』と共通する部分が多い。時代は異なるが、音楽を通じて社会に問いかける姿勢は共通している。
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まとめ
『eMOTIVe』は、単なるカバーアルバムにとどまらないA Perfect Circle による"社会と人間に対する問いかけ"で満ちた意欲作です。大胆な再解釈、原曲への深い理解、そして独自の表現によって、新しい感情の層が重ねられています。今こそ聴くべき、時代の鏡としてのアルバムと言えるでしょう。