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2002年10月にリリースされた、Jurassic 5の3rdアルバム『Power in Numbers』は、オルタナティブ・ヒップホップの文脈において高い評価を受けた作品です。リリース当時、メインストリームがマネーや暴力、派手な自己演出に偏っていたヒップホップで、彼らは“ポジティブで調和的なスタイル”を提示しました。4人のMCと2人のDJ/プロデューサーという独特の編成を活かして、グループとしての強固な結束力とスキルをフル活用した本作は、「堅実なリリシズム」と「古き良きヒップホップへの敬意」が同居する名盤として、多くのファンに愛され続けています。
アーティストについて
Jurassic 5はロサンゼルスを拠点とするオルタナティブ・ヒップホップグループで、Chali 2na、Akil、Soup(Zaakir)、Marc 7の4人のMCと、Cut Chemist、DJ Nu-Markの2人のDJ/プロデューサーから成ります。彼らは1990年代後半より活動し、リリース時にもなお、LAヒップホップの根幹を担う存在として注目されました。2002年の『Power in Numbers』はメジャーレーベルからのリリースながら、彼らの“アンダーグラウンドな精神”を維持し、ジャンルの主流に対し一線を画す作品となっています。
アルバムの特徴・個性
このアルバムは“オールドスクールなヒップホップへのリスペクト”が根底にありつつ、制作陣であるCut Chemist & DJ Nu-Markによる洗練されたサンプリングと構成技術により、現代的な音像を実現しています。曲によってはジャズ/ソウル/ファンクを思わせるサンプルが巧みに使われ、リズムは力強くも正確。MCたちのフローとラップチームとしての調和が徹底しており、「多数で競うのではなく、力を結集して響かせる」というタイトルどおりの完成度が見られます。
『Power in Numbers』全曲レビュー
1. This Is
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ジャンル:ヒップホップ
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特徴:オープニングを飾る短いプロローグ。アルバムの方向性とエネルギーを即座に提示している。
2. Freedom
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ジャンル:ヒップホップ、ソウル
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特徴:自由とは何かを問いかけるリリックと、1970年代のソウルミュージックを感じさせるビートが融合している。社会的メッセージと耳触りの良いリズムが共存する構造であり、テーマ性とリスナビリティを両立させた佳曲。
3. If You Only Knew
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ジャンル:ヒップホップ、ソウル
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特徴:温かいソウルサンプリングと、メロウなベースラインが心地よい楽曲。MCたちが自身の半生や、ヒップホップへの愛を内省的に歌っている。
4. Break
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ジャンル:ファンキー・ヒップホップ
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特徴:軽快なファンクベースのサンプリングと力強いドラムが特徴的な楽曲。MCたちのマイクリレーは楽器の一部のように機能し、完璧なハーモニーを奏でる。
5. React
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ジャンル:ヒップホップ、ブレイクビーツ
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特徴:Cut Chemistによる構成的な短編インストゥルメンタルで、映画的な展開と音像の遊びが味わえる。リスナーに次の展開を予感させるインタールードとして機能している。
6. A Day At The Races
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ジャンル:ハードコア・ヒップホップ
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特徴:伝説的なMC、Percee PとBig Daddy Kaneをゲストに迎えた豪華な一曲。4人のMCと2人のゲストMCによるマイクリレーは圧巻の一言に尽きる。それぞれが持つスキルを存分に披露し、ヒップホップへの愛を表現している。
7. Remember His Name
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ジャンル:ヒップホップ、ソウル
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特徴:ソウルフルなサンプリングと力強いビートが特徴的な楽曲。亡くなった友人を追悼するようなパーソナルで感情的な歌詞が心に響く。
8. What's Golden
9. Thin Line
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ジャンル:ヒップホップ、ソウル
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特徴:異色のポップR&Bコラボレーション。メロウでソウルフルなサンプリングが心地よい楽曲。人間関係の微妙な距離感を描いた歌詞とNelly Furtadoの繊細なフックが融合しており、アルバム内での変化球的な役割を担っている。
10. After School Special
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ジャンル:ヒップホップ、ファンク
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特徴:子どもたちがラップの真似事をするという、遊び心と原点回帰を兼ねた短編。ファンクベースのサンプリングと軽快なドラムが心地よい楽曲。
11. High Fidelity
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ジャンル:オールドスクール・ヒップホップ
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特徴:DJ Nu-Markのターンテーブルワークが冴え渡る、疾走感とノリの良さが際立つ一曲。タイトルの「High Fidelity」(高忠実度)が示すように、音に対する彼らのこだわりが感じられる。
12. Sum Of Us
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ジャンル:ソウルフル・コンシャスヒップホップ
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特徴:複数のMCによるラップが、まるで一つのハーモニーのように機能する楽曲。彼ら個々の才能の「総和」が圧倒的なパワーを生み出している。
13. DDT
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ジャンル:アカペラ・アヴァンギャルド
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特徴:Kool Keithによる単独のアカペラトラックであり、J5は参加していない。ブストラクトな内容と奇妙なフローが、不意を突く異質なインタールードとして機能している。
14. One Of Them
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ジャンル:ダーク・ヒップホップ
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特徴:業界や社会における“偽者”の存在を糾弾するような、陰影あるリリックとビートが融合した楽曲。Beatnutsによるプロデュースが光り、硬派な仕上がりとなっている。
15. Hey
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ジャンル:ディスコ・ソウル・ヒップホップ
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特徴:“Hey”というコーラスが繰り返されるレトロポップな楽曲。70年代ディスコファンクとヒップホップの融合が試みられている。
16. I Am Somebody
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ジャンル:コンシャス・ヒップホップ
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特徴:自己肯定感と人間の価値を讃えるメッセージソング。Chali 2naのバリトンヴォイスと荘厳なビートが、楽曲に深みを与えている。
17. Acetate Prophets
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ジャンル:インスト・サンプリングアート
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特徴:DJ Nu-MarkとCut Chemistによる、卓越したDJプレイが堪能できるインストゥルメンタル曲。レコードを楽器のように操り、スクラッチやカットによってメロディを構築していく様は、まさに芸術。
こんな人におすすめ!
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オールドスクール・ヒップホップが好きな人
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サンプリングミュージックの奥深さを知りたい人
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ポジティブでピースフルなヒップホップを求めている人
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アンダーグラウンド精神が根底にあるが、心地よく聴ける正統派ヒップホップを探している人
同じ系統の楽曲・アルバム5選
1. A Tribe Called Quest - 『The Low End Theory』
ジャズヒップホップの金字塔であり、ベースラインを強調した洗練されたサウンドが特徴。ピースフルなヴァイブや巧みなマイクリレーのルーツを感じることができる。
2. De La Soul - 『3 Feet High and Rising』
ユーモラスで独創的なサンプリングを多用した、ヒップホップ史に残る名盤。ポジティブで実験的な音楽性は、Jurassic 5のオールドスクールな精神と親和性が高い。
3. The Roots - 『Things Fall Apart』
ライブ演奏にこだわるバンド形式のヒップホップグループ、ザ・ルーツの代表作。生々しいグルーヴと知的なメッセージ性が特徴でオーガニックなサウンドと通じるものがある。
4. Dilated Peoples - 『The Platform』
90年代後半から00年代にかけて活躍した、サンプリング主体のヒップホップグループのデビューアルバム。西海岸を拠点とし、クラシックなヒップホップサウンドを継承したグループ。
5. Common - 『Like Water for Chocolate』
知的でスピリチュアルなメッセージを持つヒップホップアーティスト、Commonの代表作。ソウルやファンクをサンプリングした温かいサウンドと普遍的な愛を歌う歌詞は、Jurassic 5のポジティブなメッセージ性と通じるものがある。
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まとめ
『Power in Numbers』は、Jurassic 5がそれまでにも増してスキルとメッセージを高め、「古き良きヒップホップ」と「前進する精神」を見事に融合させた作品である。グループの成熟と制作陣のクリエイティブ力が一致し、アルバム全体に統一された“調和とエネルギー”を与えています。オールドスクールへの尊敬だけで終わらせず、新しい価値観を提示し続けるその姿勢は、ヒップホップというジャンルにおける真の「Power in Numbers(数の力)」を示しているようです。信頼できる名盤として多くのリスナーに再評価され続けるにふさわしい一枚です。