雑食音楽偏歴

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Quasimoto『The Further Adventures of Lord Quas』(2005)

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出典:YouTube

ヒップホップというジャンルは常に進化を続け、数多くのアーティストが新たな可能性を切り開いてきました。その中でも唯一無二の存在感を放っているのが、プロデューサー兼MCであるMadlibが生み出したQuasimotoです。

『The Further Adventures of Lord Quas』は、彼の分身である“Lord Quas”を主人公に据えたコンセプチュアルな作品で、アンダーグラウンド・ヒップホップの金字塔とも言えるアルバムです。この作品は、一種の音の映画のように構成されています。ジャズ、ファンク、サイケデリック、ソウル、さらにはアニメや映画のサンプリングまでが巧みに織り込まれ、独自の音楽世界を構築しています。

アーティストについて

Madlib(本名:Otis Jackson Jr.)は、アメリカ・カリフォルニア出身のプロデューサー兼MCで、Stones Throw Recordsを代表する存在です。彼はジャズ、ファンク、ソウル、ラテンなど幅広い音楽を吸収し、サンプリングを駆使した独自のビートを生み出すことで知られています。MF DOOMとのプロジェクト「Madvillain」、J Dillaとの「Jaylib」など数々の名義で活動しており、常にシーンに新鮮な驚きを与えてきました。

Quasimoto はそのMadlibが自らの分身として生み出したキャラクターで、ピッチシフトによって高音に加工されたラップが特徴的です。Madlib本人の低音ラップと対比されることで、二重人格的な世界観を描き出しています。

アルバムの特徴・個性

『The Further Adventures of Lord Quas』は、2000年のデビュー作『The Unseen』に続く2ndアルバムであり、さらに深遠なサウンドコラージュとストーリーテリングが展開されています。全26曲というボリュームながら、曲同士がシームレスに繋がっており、一つの長編作品として体験できるのが特徴です。

また、サンプリングソースの豊かさが圧巻です。60〜70年代のジャズやファンク、映画の断片、さらには煙草やドラッグカルチャーを連想させる効果音が散りばめられ、聴き手を奇妙で中毒性のある世界へと引き込みます。Quasimotoのラップは必ずしもリズムに乗り切らない部分もありますが、それがむしろ意図的な“ズレ”として作品に独特のグルーヴを与えています。

『The Further Adventures of Lord Quas』全曲レビュー

1. Bullyshit

  • ジャンル:アンダーグラウンド・ヒップホップ

  • 特徴:イントロから漂うのは埃っぽいストリートの空気感。重苦しいベースと甲高いQuasの声が対照をなすことで、Madlibが提示する異世界の入口を鮮烈に印象付ける。

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2. Greenery

  • ジャンル:サイケデリック・ヒップホップ

  • 特徴:マリファナ愛好文化をユーモラスに描き出す一曲。ビートはふわりと浮遊し、サンプルの煙たい質感が幻覚的な世界を作り上げる。反復性が強く、聴き手は自然とトランス状態に引き込まれる。

3. Crime

  • ジャンル:ヒップホップ

  • 特徴:警察無線やストリートノイズのサンプリングを交え、犯罪都市の影を描き出す。Quasのラップはナレーション的で、街角のスケッチのような生々しさがある。

4. Hydrant Game

  • ジャンル:ファンク・ヒップホップ

  • 特徴:ホーンの断片が跳ね、軽快で遊び心ある雰囲気を作る。夏のニューヨークを想起させるストリート・ジャム的な仕上がり。

5. Don’t Blink

  • ジャンル:ヒップホップ

  • 特徴:タイトル通り一瞬で過ぎ去るショートトラックMadlib特有のサンプルの切り貼りの妙が凝縮され、まさに「瞬き禁止」の鮮烈さを持つ。

6. Players of the Game

  • ジャンル:ジャズ・ヒップホップ

  • 特徴:ジャジーなピアノサンプルを軸に、ストリートで生き残るプレイヤーたちの姿を映し出す。スモーキーな空気感とリリックが絶妙に噛み合う。

7. Bus Ride

  • ジャンル:インタールード・ヒップホップ

  • 特徴:都会の雑踏や車内放送のような断片が散りばめられた短編。日常の断片をコラージュすることで、作品全体の「都市の旅感」を補強する。

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8. Closer

  • ジャンル:サイケデリック・ヒップホップ

  • 特徴:エコー処理されたサンプルが夢幻的な広がりを見せる。音像がぼやけていくような処理が印象的で、聴く者を非現実的な深層へと誘う。

9. Maingirl

  • ジャンル:ソウル・ヒップホップ

  • 特徴:恋愛や女性をテーマとし、甘美なソウルサンプルが繰り返される。Quasの甲高い声が艶やかなサンプルと対比され、独特のユーモアが生まれている。

10. Civilization Day

  • ジャンル:実験的ヒップホップ

  • 特徴:文明批評的なテーマを思わせる断片的なセリフやノイズが配置されている。単なるビート曲ではなく、社会風刺的なアート性を帯びる。

11. Bartender Say

  • ジャンル:インタールード

  • 特徴:バーの会話を切り取ったようなサンプリングで構成。作品全体の“場面転換”を担う短編。

12. 1994

  • ジャンル:ヒップホップ

  • 特徴:Madlibにとって重要な年代をタイトルに掲げる。サンプリングは懐かしくも攻撃的で、90年代ヒップホップのエッセンスを抽出している。

13. Another Demo Tape

  • ジャンル:ローファイ・ヒップホップ

  • 特徴:デモ音源を再生しているかのような荒削りな質感。録音の粗さすら演出として活かされ、地下的美学を提示する。

14. Raw Deal

  • ジャンル:ファンク・ヒップホップ

  • 特徴:ブレイクビーツが荒々しく刻まれ、ストリートの生々しさを映し出す。ラップの内容も生硬で、無骨な雰囲気を持つ。

15. Mr. Two-Fased

  • ジャンル:ヒップホップ

  • 特徴:二面性を持つキャラクターをテーマにした曲。Quasの声の加工を用いて人格の“裏表”を音で表現している。

16. The Exclusive

  • ジャンル:ヒップホップ

  • 特徴:DJがスクープを放送しているかのようなラジオ風演出。作品全体の“音楽映画”感を補強する。

17. Fatbacks

  • ジャンル:ファンク・ヒップホップ

  • 特徴:ファンク色濃厚なリズムが展開される。サンプリングの断片が肉厚でグルーヴィ、身体性を強く感じさせる。

18. J.A.N.

  • ジャンル:ヒップホップ

  • 特徴:ストーリーテリング要素が強い。個人名をテーマにしながら、人物像を断片的に描き出していく。

19. Shroom Music

  • ジャンル:サイケデリック・ヒップホップ

  • 特徴:キノコ(幻覚性ドラッグ)をテーマにした怪奇的サウンド。歪んだビートと浮遊感あるサンプルがトリップ感を醸す。

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20. Rappcats Pt.3

  • ジャンル:ヒップホップ

  • 特徴:Stones Throwコミュニティへの愛情を表す曲。ラッパーや仲間へのリスペクトがリリックに込められている。

21. Strange Piano

  • ジャンル:実験的ヒップホップ

  • 特徴:不協和音に近い奇妙なピアノサンプルが支配する。聴き心地の良さよりも“違和感”を演出することに重きが置かれている。

22. Life Is…

  • ジャンル:ヒップホップ

  • 特徴:人生をテーマにした短編。淡々としたフロウと淡白なサンプルが、日常の無常観を強調する。

23. The Clown (Episode C)

  • ジャンル:ストーリーテリング・ヒップホップ

  • 特徴:道化師というキャラクターを通して社会を風刺する。芝居的な演出が多く、アルバムの演劇的側面を強調する。

24. Raw Addict Pt.2

  • ジャンル:ファンク・ヒップホップ

  • 特徴:荒削りで攻撃的なビートが特徴。サンプルの切り方が鋭利で、ラフさをそのまま快感に変換している。

25. Tomorrow Never Knows

  • ジャンル:サイケデリック・ヒップホップ

  • 特徴:ビートルズの名曲と同タイトルを持つが、Madlib流のサイケ解釈として提示される。未来への不確実性を音像で描いた実験的ナンバー。

26. Privacy

  • ジャンル:ヒップホップ

  • 特徴:アルバムを閉じる曲で、静かに幕を下ろすような雰囲気。タイトルが示す通り、個人の領域や秘め事を想起させる余韻がある。

こんな人におすすめ!

  • アンダーグラウンド・ヒップホップを深掘りしたい人

  • サンプリング文化に興味があるリスナー

  • ジャズやファンクを下敷きにしたビートが好きな人

  • チルアウトしたい時や、夜のリラックスタイムに聴く音楽を探している人

  • アルバムを通して“世界観”を体験することを重視する人

同じ系統の楽曲・アルバム5選

  1. Madvillain -『Madvillainy』
    MadlibMF DOOMによる伝説的コラボレーションアルバム。ローファイで断片的なサンプリング、実験的なビート、アンダーグラウンド精神を極限まで高めた作品。
  2. J Dilla -『Donuts』
    ビートメイカーの神格的存在であるJ Dillaが残した、全31曲からなる短編ビート集。より感情的でメロディアスな側面を持つ。数十秒から数分の小品の積み重ねによって一大叙事詩を構築する点が特徴であり、Madlib的実験精神と並び語られる必聴盤。
  3. Company Flow -『Funcrusher Plus』
    ニューヨーク・アンダーグラウンドの金字塔。荒削りで不穏なビート、社会批評的なリリック、ノイジーな音像は、Quasimotoの実験性とは異なるベクトルながらも同様にオルタナティブな精神を共有する。
  4. Flying Lotus -『Los Angeles』
    ビートシーンの革命児Flying Lotusによる出世作。ジャズ、エレクトロニカ、ヒップホップを縦横無尽に横断するトラック群は、Madlibサイケデリックかつ断片的な美学を現代的に進化させた形といえる。
  5. The Avalanches -『Since I Left You』
    オーストラリア発のサンプルコラージュ・アルバム。数千に及ぶレコードサンプルを組み合わせ、ユーモラスかつ夢幻的な世界を描いた本作はエレクトロニカ寄りであるが、“サンプリングを通じて新しい物語を作る”点で強い親和性を持つ。

リンク

www.stonesthrow.com

open.spotify.com

まとめ

『The Further Adventures of Lord Quas』は、Madlibが自らの分身Quasimotoを通じて描いた、奇妙で中毒性のある音楽世界です。全26曲にわたるサウンドコラージュは、ヒップホップの形式に縛られない自由な表現を体現しています。聴くたびに新しい発見があり、リスナーを独自の宇宙へと誘うアルバムであると言えるでしょう。