雑食音楽遍歴

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Masta Ace & Marco Polo『Richmond Hill』(2024)|街の記憶を紡ぐ、至高のブーンバップ

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出典:YouTube

2025年に到達した現在のヒップホップシーンは、クラブ/トラップ/ラテン/UKドリル/ハイパーポップなど無数のスタイルが乱立し、“過去”を参照する作品は珍しくない状況です。しかし、そこに真の意味での“成熟”や“語り”が乗ることは意外なほど少ない。

そんな中、ブルックリンの重鎮ラッパー Masta Ace と、同郷の名ビート職人 Marco Polo による新作『Richmond Hill』は、黄金期のブームバップ文脈を骨格としながら、人生の後半戦を描く稀有な作品として仕上がっています。

じっくり聴くほどに染み入る作品で、“自分の物語”を思い出させるような感触を持っています。

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アーティストについて

Masta Aceは90年代初頭の“Juice Crew”出身のラッパーで、叙情性とストーリーテリングに特化した活動を続けてきた人物です。2000年代以降はコンセプチュアルなアルバムを連続で制作し、ヒップホップにおける「人生の年輪」を描ける稀有な存在として語られます。

一方、Marco Poloはニューヨークをベースに活動するプロデューサー兼ビートメイカーで、黄金期直系の重たいドラム、アナログ感、煙たいサンプルを持ち味としつつ、2020年代以降は洗練と余白を増やし柔らかいテクスチャに変化してきました。両者の組み合わせは過去にも成功しており、『Richmond Hill』はその深化形と言えるでしょう。

アルバムの特徴・個性

  • 家族と成長を巡るストーリー

本作は、Marco Poloが育ったカナダ・オンタリオ州のリッチモンド・ヒルでの記憶を、スキットを交えて描き出しています。一人の音楽青年がいかにしてヒップホップに魅了されたかという物語が、リスナーの胸を打ちます。

  • 純度100%のブーンバップ・サウンド

流行のトラップに背を向け、頑なまでに「1ループの美学」と「スネアの鳴り」にこだわったプロダクション。古臭さは一切なく、その純度の高さこそが2025年の今、新鮮に響きます。

『Richmond Hill』全曲レビュー

1. December 26th (Skit)

  • ジャンル: スキット

  • 特徴: クリスマスの翌日の家庭風景を描いたスキット。マルコのルーツである家庭の日常音が、アルバムが極めてパーソナルな物語であることを告げる。

2. Brooklyn Heights(feat. Smif-N-Wessun)

  • ジャンル: ブーンバップ

  • 特徴: Marco Poloのビートが冴え渡るオープニング。Masta Aceの安定したフロウが、ブルックリンとリッチモンド・ヒルという二つの場所を繋ぐ。

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3. Certified (feat. MC Lyte)

  • ジャンル: オールドスクール・フレーバー

  • 特徴: レジェンドMC Lyteを招聘。Masta Aceとの掛け合いは「本物(Certified)」の風格に満ちており、ヒップホップの伝統的なマイク・リレーの楽しさを再認識させる。

4. Cartunes (Skit)

  • ジャンル: スキット

  • 特徴: 車の中での会話を描いたスキット。音楽が日常の一部であることを示す、エース作品特有の演出。

5. Hero (feat. Ne-Yo)

  • ジャンル: R&Bフュージョン

  • 特徴: Ne-Yoの甘い歌声とMarco Poloの骨太なビートが意外なほどマッチしている。誰かにとっての「ヒーロー」であることの責任と葛藤を歌う、本作のハイライトの一つ。

6. Life Music (feat. Stricklin, Speech, E Smitty)

  • ジャンル: ソウルフル・ヒップホップ

  • 特徴: 温かいサンプリングの上で、音楽が人生にいかに影響を与えるかを説く。エースの思慮深いリリックが、リスナーの人生観に優しく問いかける。

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7. Below The Clouds (feat. Blu)

  • ジャンル: ジャジー・ヒップホップ

  • 特徴: 西海岸の雄、Bluが参加。雲の下(地上)の現実を直視しながらも、高みを目指す姿勢を描く。レイドバックしたグルーヴが心地よい。

8. St. Roberts (Skit)

  • ジャンル: スキット

  • 特徴: 地元の学校やコミュニティを連想させるスキット。物語の解像度を一段と高めている。

9. Heat of the Moment

  • ジャンル: ストーリーテリング

  • 特徴: 一時の感情が引き起こすトラブルを描く。Masta Aceの真骨頂で、短編小説のような鮮やかな情景描写が堪能できる。

10. Jordan Theory

  • ジャンル: ハード・ブーンバップ

  • 特徴: Michael Jordanの比喩を用いた成功哲学。鋭いピアノループとタイトなドラムが、Masta Aceのライミングの技術を際立たせている。

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11. Money Problems

  • ジャンル: ブーンバップ

  • 特徴: 誰もが直面する経済的な問題をテーマにしている。リアリティのある歌詞と、どこかユーモラスなビートの対比が印象的。

12. Scarborough (Skit)

  • ジャンル: スキット

  • 特徴: カナダの隣接地域を舞台にしたスキット。Marco Poloの故郷への旅は続く。

13. P.P.E.

  • ジャンル: コンテンポラリー・ヒップホップ

  • 特徴: 社会的なメッセージを内包した楽曲。Marco PoloのMPC捌きが冴え、エースの知的なリリシズムが光る。

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14. Outside In (feat. Inspectah Deck)

  • ジャンル: ハードコア・ヒップホップ

  • 特徴:Wu-Tang ClanのInspectah Deckが参戦。ベテラン同士の重厚なマイク・リレーが、ブーンバップ・ファンの期待を裏切らない。

15. Connections

  • ジャンル: ヒップホップ

  • 特徴: 人と人、文化と文化の繋がりをテーマにしている。アルバム全体の核心に触れるような、深みのある一曲。

16. Plant Based

  • ジャンル: オルタナティブ・ヒップホップ

  • 特徴: タイトルの通りユニークな視点から現代を風刺する。遊び心がありながらも、ビートの強度は一切妥協がない。

17. December 25th (Skit)

  • ジャンル: スキット

  • 特徴: クリスマスの喧騒。アルバムの物語が佳境に入ったことを示唆する。

18. All I Want

  • ジャンル: ソウルフル・ヒップホップ

  • 特徴: 純粋に欲しいもの、守りたいものを綴る。家族愛や音楽愛が溢れる、心温まるエンディング・トラック。

19. Below The Clouds Remix

  • ジャンル: リミックス

  • 特徴: 原曲の持つ浮遊感を別の角度から解釈。Marco Poloのプロデューサーとしての引き出しの多さが伺える。

20. Al Dente Pt.1

  • ジャンル: インストゥルメンタル

  • 特徴: Marco Poloらしいイタリア系の血を感じさせるタイトルのボーナストラック。ビートの旨味を凝縮したようなトラック。

21. Get Shot Marco Polo Remix

  • ジャンル: ハードコア・リミックス

  • 特徴: より攻撃的なドラムに差し替えられたリミックス。Masta Aceのフロウがより鋭く突き刺さる。

22. Below the Clouds Roselle Remix

  • ジャンル: メロウ・リミックス

  • 特徴: アルバムを締めくくるのは、さらにメロウに磨かれたリミックス。Richmond Hillの物語が終わった後の余韻に浸らせてくれる。

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こんな人におすすめ!

  • 90年代のブーンバップを現代の最高音質で聴きたい人

  • リリックやストーリーテリングを重視するヒップホップ愛好家

  • Marco Poloの叩き出す太いドラムとサンプリングの魔法に浸りたい人

  • コンセプト・アルバムとして、一枚を通して映画のように楽しみたい人

  • 爆音より余韻の快楽が欲しい人

同じ系統の楽曲・アルバム5選

1. Apollo Brown & Skyzoo『The Easy Truth』

デトロイトのビート職人Apollo Brownと、ブルックリンのリリシストSkyzooによる共作。SkyzooはMasta Aceの精神的後継者とも目されるラッパーであり、緻密なライミングと街の風景を切り取る描写力が極めて高い。

2. PRhyme (DJ Premier & Royce da 5'9")『PRhyme』

Marco Poloが敬愛する「サンプリングの美学」を、本家プレミアが現代的に再構築している。一音一音のドラムの鳴りと、息つく暇もないほどのハイレベルなラップの応酬は、本物のヒップホップ・ジャンキーを満足させる強固な一作。

3. Little Brother『May the Lord Watch』

架空のテレビ局を舞台にしたスキットを随所に挟み、アルバム全体でひとつの物語を構築する手法は、Masta Aceのスタイルと強く共鳴する。大人になったラッパーが、人生の機微や家族、社会への眼差しをユーモアたっぷりに語る、洗練された「大人のためのヒップホップ」の傑作。

4. Blu & Exile『Below the Heavens』

西海岸の若き詩人Bluと、ビートメイカーExileによる金字塔。日常の葛藤を瑞々しい感性で綴ったリリックと、ソウルやジャズのサンプリングを多用した温かいビートの融合は、ブーンバップという枠組みを超えて多くのリスナーの胸を打つ。

5. Common『Be』

Kanye WestとJ Dillaという二大天才がプロデュースを務めた、Commonの代表作。シカゴの街の息遣いを伝えるストーリーテリングと、極上のソウル・ミュージックとして機能するトラックの美しさは、『Richmond Hill』が目指した「音楽としての美しさとヒップホップの鋭さの両立」の完成形の一つと言える。

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まとめ

『Richmond Hill』は、煌びやかな流行とは異なるベクトルで“ヒップホップの成熟”を描いた作品です。

Masta Aceの円熟味を増した言葉と、Marco Poloの完璧なビート。この「極上の日常」に耳を傾けてみてください。味わい深く、長く聴ける一枚です。