出典:YouTube
電子音楽の歴史には、時に「本当にこんな発想があるのか」と驚かされる作品が存在します。その代表例とも言えるのが、Matmosのアルバム『A Chance to Cut Is a Chance to Cure』です。
2001年にリリースされたこの作品は、実際の医療手術の音をサンプリングして制作されたアルバムとして知られています。脂肪吸引、骨手術、医療器具の音など、普通なら音楽素材にならない音が、緻密な電子音楽として再構築されています。
実験音楽、グリッチ、ミニマルテクノなど様々なジャンルの要素を含みながら、ユーモアと知性を兼ね備えた唯一無二の作品です。
- アーティストについて
- アルバムの特徴・個性
- 『A Chance to Cut Is a Chance to Cure』全曲レビュー
- こんな人におすすめ!
- 同じ系統の楽曲・アルバム5選
- この記事で紹介したアルバム
- まとめ
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アーティストについて
Matmos(マトモス)は、サンフランシスコを拠点に活動する、Drew Daniel とM.C. Schmidt による二人組のエレクトロニック・ミュージック・ユニットです。
彼らの最大の特徴は、サンプリングに対する異常なまでのこだわりと概念的なアプローチにあります。手術音、ザリガニの神経系、牛の頭蓋骨、さらには超能力実験の音まで、およそ楽器とは無縁の「非音楽的素材」を高度なデジタル編集によって緻密なリズムと旋律に変換します。
Björk の名盤『Vespertine』や『Medúlla』の制作に深く関わったことでも知られ、実験音楽とポップ・ミュージックの境界線を最も鮮やかに、ユーモアを持って破壊し続けているアーティストです。
アルバムの特徴・個性
2001年に名門「Matador Records」からリリースされた本作は、Matmos の出世作であり、ミュージック・コンクレートの現代的解釈として金字塔的な位置づけにあります。
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サンプリング素材の衝撃
脂肪吸引手術、鼻整形手術、内視鏡手術、さらには補聴器のテスト音などが音源として使用されています。文字通り「人体を切り刻む音」が音楽のパーツになっています。 -
驚異的なポップネス
素材のグロテスクさに反して、完成した楽曲は極めてグルーヴィーで、時にはジャズやフォークのような温かみさえ感じさせます。「素材の出所を知らなければ、極上のエレクトロニカとして踊れてしまう」というギャップが最大の魅力です。 -
超絶的なエディット技術
録音されたノイズをミリ秒単位で切り貼りし、完璧なリズム・シーケンスを構築。当時のデジタル・オーディオ・ワークステーション(DAW)の可能性を限界まで引き出した、職人技の結晶です。
『A Chance to Cut Is a Chance to Cure』全曲レビュー
1. lipostudio…and so on
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ジャンル: マイクロ・ハウス / ミュージック・コンクレート
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特徴: 脂肪吸引手術の音をサンプリングした、本作の衝撃を象徴するオープニング曲。脂肪を吸い出すポンプの吸引音や、医療器具が触れ合う金属音が、驚くほどファンキーなリズム・セクションへと変貌を遂げている。中盤から加わるメロディカの素朴な旋律が、無機質な手術室の空気に不思議な温かみを与えており、聴き手を奇妙な安らぎへと誘う傑作。
2. l.a.s.i.k.
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ジャンル: グリッチ / テクノ
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特徴: 視力矯正手術「レーシック」の現場を音源化したトラック。眼球を焼くレーザーのパルス音や、医師たちの機械的な動作音が、緻密なプログラミングによって鋭利なビートへと昇華されている。視界がクリアになる過程を音で擬似体験するかのような、極めて高解像度で緊張感のある音響工作が堪能できる。
3. spondee
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ジャンル: エクスペリメンタル / アンビエント
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特徴: 聴力検査で使用される「二音節語(Spondee)」のテスト音を素材とした楽曲。耳を検査する際のサイン波やクリック音が、静寂の中に点描画のように配置されている。聴覚そのものをテーマにしているため、リスナー自身の耳の感度が試されるような、微細で繊細なテクスチャが美しい一曲。
4. ur tchan tan tse qi
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ジャンル: IDM / ニュージャズ
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特徴: 鍼灸治療のプロセスをサンプリングした、非常にユニークなトラック。ウッドベースの生演奏が導入されており、デジタルなグリッチ音と生楽器の肉体性がスリリングに交差する。東洋的な神秘性と、サンフランシスコのインテリジェンスが融合したような、洗練された都会的なグルーヴを生み出している。
5. for Felix (and all the rats)
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ジャンル: ドローン / サウンドスケープ
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特徴: 実験動物(ラット)の神経系を用いた実験音をベースにした、極めてコンセプチュアルな楽曲。微かなノイズと持続音が、生命の最深部で鳴り響くパルスのように重なり合う。タイトルにある「フェリックス」への哀悼を感じさせるような、どこか寂寥感のある静謐な空間が構築されている。
6. memento mori
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ジャンル: ポスト・クラシカル / ミュージック・コンクレート
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特徴: 「死を想え」というタイトル通り、人間の頭蓋骨を叩いたり、歯を鳴らしたりした音がリズムの骨格となっている。しかし、その上に重なるバロック音楽を思わせる高貴な旋律が、グロテスクな素材を神々しい芸術へと昇華させている。生と死、肉体と精神の境界を曖昧にする、マトモスの真骨頂と言えるトラック。
7. California Rhinoplasty
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ジャンル: カットアップ・テクノ / エレクトロ・ファンク
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特徴: 鼻整形手術の様子をサンプリングした、アルバムを締めくくるダンサブルな一曲。骨を削るような音や皮膚を切る音が、跳ねるようなビートと爽快なシンセ・フレーズへと置換されている。不謹慎なまでの明るさと、極限まで磨き上げられたエディットの快楽が同居しており、実験音楽がポップ・ミュージックとして最高に機能した瞬間を記録している。
こんな人におすすめ!
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グリッチミュージックに興味がある人
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実験電子音楽やIDMが好きな人
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Björk の『Vespertine』の音響工作に心奪われた人
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アート性の高い電子音楽を探している人
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クリエイターやデザイナーなど、刺激的なインスピレーションが欲しい人
同じ系統の楽曲・アルバム5選
1. Björk『Vespertine』
Matmos が全面的に参加し、雪の結晶が砕けるような繊細なマイクロ・ビーツを完成させた歴史的名盤。本作の「静」の側面をより壮大でロマンティックに展開させた兄弟作と言える。
2. Herbert『Around the House』
「家の中にある日用品」の音だけで極上のハウス・ミュージックを作り上げたMatthew Herbert の傑作。Matmos が「手術室」ならハーバートは「キッチン」だが、身近なノイズを魔法のように音楽へ変える手法は共通している。
3. Akufen『My Way』
ラジオの電波を数ミリ秒単位でカットアップして構築したマイクロ・ハウスの金字塔。Matmos のような「執拗なエディット」がもたらす陶酔感と、ダンス・ミュージックとしての機能性を高い次元で両立させている。
4. Alva Noto + Ryuichi Sakamoto『Vrioon』
坂本龍一のピアノとAlva Noto の電子ノイズが融合した一枚。本作『A Chance to Cut Is a Chance to Cure』にある、無機質なノイズの中に宿る深い叙情性をさらに突き詰めたような、静謐で美しい音響体験ができる。
5. Aphex Twin『Drukqs』
緻密すぎるプログラミングと、静かなピアノ曲が同居する2枚組。Matmos の持つ「デジタルの極北」のようなエディットへの狂気と、ふとした瞬間に見せる優しさを、よりカオスかつ圧倒的なスケールで表現した作品。
この記事で紹介したアルバム
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まとめ
『A Chance to Cut Is a Chance to Cure』は、Matmosの創造性を象徴する非常にユニークなアルバムです。
手術音という異例の素材を使いながらも、単なる実験音楽にとどまらず、リズム・構造・コンセプトが高度に融合した電子音楽作品となっています。
電子音楽の可能性を広げた作品として、今なお多くのアーティストに影響を与え続けています。実験音楽やIDMに興味がある方は、ぜひ一度この異色のアルバムを体験してみてください。